アン・レッキー 『叛逆航路』 | ひとり旅~本と自然、ときどき音楽

ひとり旅~本と自然、ときどき音楽

読んだ本、目にした景色、聴いた音楽。感じたことの備忘録です。

アメリカの作家、アン・レッキーの 『叛逆航路』 を読みました。SF小説です。


SFといえば、昨年公開された映画 「スター・ウォーズ フォースの覚醒」 は大変話題になりましたね。「スター・ウォーズ」 シリーズの第7作目。私の周りにも通常の2Dの他に3D、4Dも観た人がいます。どれが一番楽しめたか聞いたところ 「断然4D!」 とのこと。ビジュアルと体感で相乗効果が生まれるそうです。


私自身はいうと、SF映画はほとんど観ません。「スター・ウォーズ フォースの覚醒」 公開にあわせて地上波で放送されたエピソード1と4を観ただけです。嫌いではないのですが進んで観る方ではない私が、ぜひ読んでみたいと思ったのがこの 『叛逆航路』 です。ある書評に 「人工知能と人間の共生社会がもたらすヒューマニティの変化云々・・・」 とあり、”人工知能”に反応しました、笑。


はたして映画を観るように、私の目の前にあの壮大な宇宙や見知らぬ惑星の居住空間が広がるのだろうか・・・。


叛逆航路 (創元SF文庫)/アン・レッキー
¥1,404
Amazon.co.jp

読み始めてすぐ、「わかりにくい」、「意味不明」を連呼する私、苦笑。


物語は宇宙戦艦のAI(人工知能)だった「わたし」(ブレク)が、千年前に死んだと思っていた上官 「セイヴァーデン」 が全裸で倒れているところに遭遇する場面から始まります。


ブレクはその人格を数千人もの肉体に転写して共有する生体兵器 「属躰(アンシラリー)」 を操る存在だった ( 『叛逆航路』 表紙から)


わかりにくいですよね。


はるかな未来。強大な専制国家ラドチは人類宇宙を侵略・併呑して版図を広げていた。その主力となるのは宇宙艦隊と、艦のAI人格を数千人の肉体に転写して共有する生体兵器”属躰(アンシラリー)”である・・・。 (こちらは作品の第1ページから)


やっぱり意味不明です。


途中でいったん読むのをやめ、作品の最後にある 「解説(渡邊利道)」 に目を通したところ、ぼんやりとですが物語の設定がわかってきました。用語の説明もあるので参考にします。


「解説」なり「あとがき」を先に読んでしまうとおもしろみが半減する場合ももちろんありますが、多分この 『叛逆航路』 については先に目を通しておいた方がより楽しめる(ストレスなく読み進められる)と思います。


さて、多少設定がわかったところで読書再開。


物語は19年前のあることを回想しながら、現在について、何体もいる「ブレク」の属躰(アンシラリー)目線で自由に語られていきます。そして最後に衝撃的な出来事が起きます。最初は今どこで何が起きているのか理解することに意識を集中させていましたが、いつの間にか私自身が「ブレク」の側にいて共に行動しているかのような錯覚に襲われ、物語にぐいぐい引き込まれていきました。


AIである「ブレク」。自発的な感情も表情も持たないはずの「ブレク」が、人間よりも人間らしい感情(思慕、憎悪、後悔、喪失感、悲哀等々)に突き動かされます。「ブレク」自身はその感情に気がついていないのですが、人間と交わることで起きるAIの変化はこの作品のひとつのテーマになっています。



映画のように視覚と聴覚、4Dでは水、風、振動なども感じながら楽しめるSFもの。小説はどうかと疑問でしたが、私のように特にSF好きでない読者にも先を読みたいと思わせる丁寧で細微な筆致にはとても好感が持てました。


そんな私が想像した宇宙空間とは・・・。

持てる想像力を総動員して創り上げたラドチ、オルス、兵員母艦、ステーションetc。

多分それはとてもアナログ的で、遠未来には程遠いものだと思います。でもいいんです。この作品を読んで私だけの宇宙空間が目の前に広がったのは事実ですから。



この作品にはもう一つ、とても不可解な点があります。不可解というか、どこかすっきりしない曖昧さがあります。


専制国家ラドチの市民は男女の性別を一切区別しない文化と言語を持ります。そのため、登場人物はすべて「彼女」です。私の中では男性として認識している人物も「彼女」と表現されているため、時々あまりにも不確かで曖昧な空間に一人放り出されたような不思議な感覚に陥ります。


実はこの物語は、裏切りがあり復讐があるという、基本的にはとてもありふれたストーリーとなっています。(ありすれたストーリーの上にSF的要素が複雑に重なり合っているのでストーリーが単純という意味ではありません) そのため、登場人物が決定的に 「彼」 「彼女」 と描き分けられていたら、もしかしたら陳腐なラブストーリーと捉えられていたかもしれません。しかし実際は男か女かわからないため、一貫して中性的であり、曖昧であり、それゆえこの作品になんとも言えない不思議な魅力を感じるのだと思います。


読み終えた今も、「オーン副官」 は男女どちらだったのかわかりかねています。どちらもありだと。「ブレク」 は 「オーン副官」 を思慕していました。それは男女としても成り立つし、同性としても成り立つのです。性別がわからないということがこれほどまでに読み方に影響するものとは、今まで考えたこともありませんでした。


AIであり属躰(アンシラリー)の 「ブレク」 が、人間よりも人間らしい感情を持ち、人間と共生していく様を描いた 『叛逆航路』、おすすめです。



本作は三部作の第一部として刊行されています。第二部、三部は現地ではすでに刊行されており、日本でも今春に翻訳版が刊行予定とのこと、今から楽しみです。