藤沢周 『第二列の男』 | ひとり旅~本と自然、ときどき音楽

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読んだ本、目にした景色、聴いた音楽。感じたことの備忘録です。

藤沢周の 『第二列の男』 を読みました。


中村文則が、自分にとっての青春小説としてこの 『第二列の男』 をあげているのをある新聞記事で読みました。


藤沢周・・・ 藤沢周平・・・ 

確か藤沢周平は時代小説を多く書いた人。

藤沢周は?  ということで、今回初チャレンジ。


第二列の男/作品社
¥1,620
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この作品には次の8つの短編が収録されています。


脈拍の間

オクトパス・ガーデン

第二列の男

蛆 桜の樹の下には

三水と火偏をめぐる四つの挿話

わたしを見逃してください、主よ

粘性率14ポアズ


『蟻』 は、主人公の私が書斎として借りた一軒家(小屋)に蟻が出るという話です。だから何?って感じですが、独特な文体と文章の運びにいつの間にか引き込まれます。


『脈拍の間』 は、ドクドクと脈打つ、あの規則正しいはずの脈拍がいわゆる不整脈みたいに、時々飛ぶ(抜ける)という話です。

こちらもだから何?という感じなのですが、これまた引き込まれてしまうんですよね。脈が抜けることと、例えば自分の人生に抜けたものを重ねるとか、何かメタファー的なものを感じずにはいられないのですが、じゃあ何?と言われると正直わかりません。その曖昧な、すっきりしない感じが何ともいえない余韻を残します。


この作品の中で一番おもしろいと思ったのは3つ目の 『オクトパス・ガーデン』 です。

リストラされ失業保険の給付もあと1ヶ月しかなくなった主人公の俺が、オクトパス・ガーデンと呼ばれる広場で見た「阿羅漢(浮浪者)」。無職の自分と阿羅漢を重ね、次第に阿羅漢を擁護するようになり、しまいには自分にとっての「救い」であり「力」にまでなる阿羅漢ですが、実は・・・。


それまで俺の心の叫びに共感さえしていたのに、最後にあの展開は予想外。思わずニヤッとしてしまいました。ニヤッは苦笑いです。自分の思いなんて関係なく人々は生きて、自分だけが感傷的になっている、人生そんなもんだよなっていうある種自嘲気味な笑いです。


自嘲といえば、『第二列の男』 にもそれを感じます。

日雇現場で「第二列の男」と呼ばれる男が、休憩時間に一心にボールペンで何かを書きとめています。物書き志望の主人公はそれを「詩」だと思っていたのですが、実は・・・掛け算だったんです。ウソだろって感じです。


ここまで読んで、藤沢周という作家がどんな文章を書くか大体わかってきました。(おもしろいかも!!)


次の 『蛆』 でそのおもしろさは頂点に達しました。

作者はまるで蛆そのものか、それとも蛆と共存する何者か。主人公は登場せず、女性の死体にわく蛆の動きだけに焦点を当てて、言葉を選び巧みに描いています。気持ちが悪いを通り越してあっぱれ!でした。


どの作品も (『三水と火偏をめぐる四つの挿話』 以外は)、主だったストーリーはありません。それゆえ逆に作者の筆致力が光ります。鋭いまなざしで言葉を操る。独特な文体で描かれた世界(世界観)は奥行きと広がりがを感じます。