トランプさん支持が44%……

えっ、44%もいるの?ってリカイが、日本では大勢みたいだけれど……

まあ、51%が不支持らしいですが。

 

信じられない……アメリカ国民、ナニやっとんじゃー……

そういう声もきこえてきます。

でも、なんとなく、ワカル気もする。

私はアメリカ国民でもないし、英語もわからんので、単に「そういう気がする」ってだけですが……

 

トランプさん、オバマケアをひっくり返すそうな。

ここで、日本人としての疑問。

トランプさんの支持層のプア・ホワイトの方々……

当然、プアだから、保険入れないという人も多い?

だとしたら、なんでオバマケアを潰そうとするトランプさんを支持するの?

これ、疑問でした。

 

でも……以前に読んだ本田哲郎さんというカトリックの方の『聖書を発見する』という本に書いてあったことを思い出して、なんとなく、その理由がわかったような気がします。

 

本田さんは、大阪の釜ヶ先に布教の拠点をもって、日雇い労働者たちと生活をともにしながら長年、イエスの教えを実践してきた。

そのなかで、キリスト教の信者たちが、日雇い労働者たちに「炊き出し」をする、その心理に疑問を持つようになったといいます。

 

炊き出しの列に並ぶ労働者たち……アルミのお玉が鍋の底をこする音がしてくると心配になる。自分の番まで、鍋の粥がもつんだろうか……

かつては、本田さん自身も炊き出しのとき、イエスの教えを「実践」しているような気になっていた。

しかし、それは大きな誤りである……これに気づいた。

 

たしかに、労働者たちにとっては、炊き出しはありがたいものだし、ときに生命にかかわることだってある。

しかしそれでも、この炊き出しは、労働者たちの「誇り」を傷つけてるんじゃないか……本田さんは、そう思うようになったそうです。

 

労働者も、そんな炊き出しに並ぶよりは、ちゃんと仕事をして、それで得た金で安食堂のノレンをくぐって、サバ焼き定食でもなんでも、自分の好きなものを注文して、食う。

そっちの方が、はるかにいい。

でも、仕事がないから並ぶ。

これは……実は、ありがたいんじゃなくて、屈辱なのかもしれない。

 

そうか……そりゃ、そうだよなー

そう、思いました。

もし自分がそういう境遇になったら、絶対そうだと思う。

そんな「施し」にすがって生命をつなぐよりは、自分の力で働いて得たお金で、自分の好きなものを注文して食う。

もう、それは、比べられないです。

でも、仕事がないから、しかたなく列に並ぶ。

それは、やっぱり「屈辱」だ……

 

トランプさんを支持した44%の心がわかったような気がした。

オバマケアで、貧しくても保険に入れる。

そりゃ、たしかにいいかもしれない。

だけど……

それって、もしかしたら「施し」とニアミスではないだろうか……

 

バカにしやがって!

と怒る人も、いないではないかもしれません。

オレだって、仕事さえあれば、ちゃんと稼いで、マトモに保険にも入る。

仕事がないから、それができないんじゃないか……

そういう「貧民」でも、保険に入れるようにしてあげましょう。って?

バカにするんじゃないよ!

そんなおジヒなんかいらねえ!

まともなシゴトをよこせよ!

 

44%は、きっとこう言いたいんじゃないかなあ……

 

トヨタがメキシコに工場つくって、関税ゼロで安いクルマがアメリカに入ってくる。

これ、もーどーにもガマンならねえ!

トヨタはどっちの味方や!

アメリカか、メキシコか!

 

そこへトランプさんの登場だ。

トヨタがメキシコで造ったクルマをアメリカへ入れるなら、高い関税かけるぜ!

よく言った、トランプ!

さすが、オレたちの大統領だ!

……

ということで、女性を蔑視しようが障害者をおちょくろうが、そんなのカンケイねえ!

オレたちは、なにがあろうがアンタを支持するぜ!

 

評論家やマスコミ、インテリ層が読み誤ったのは、まさにここではないでしょうか。

仕事……その意味……人としての誇り……

そういうものが、ぜんぜん見えてなかったのでは。

それって……炊き出しに並ぶ労働者たちは、きっと「ありがたい」と思ってるはず……

そう思いながら、粥をすくって労働者の差しだす椀に注いでいるキリスト教の方々の心と同じだ……

あなたは、意識してないでしょうが、彼らの「誇り」も「人としての意識」も粉々に踏み砕いてるんだ!

で、そのことを、「私ってなんてすばらしいキリスト者でしょう」と、まちがって思いこんでる。

 

本田さんの筆は、容赦ないです。

彼は、

「イエスはどっちの側にいる?」

と問います。

炊き出しをするキリスト者の方?

それとも、列に並ぶ労働者の方?

むろん……と彼は言い切る。

列にならんで、自分の番まで鍋がもつか……

そう思う労働者の列に、イエスは並んでおられる。

 

これ……もしかしたら、最終的な地点なのかもしれない。

ここを読み誤ると、ぜんぶがぐるんとひっくりかえる。

そういう地点に、今、私たちはいるんではなかろうか……

 

トランプさんに、「メキシコでクルマつくるなら、高い関税をかけるぜ!」

こう言われた豊田章男社長。

彼の発言で、「あっ」と思った箇所があった。

 

「私たちは、地域社会に責任があるから、メキシコの工場計画はやめない」

なるほど……と思いました。

トヨタの社長は、こういう考え方をするんだ……

 

私が今、くらしている地域は、豊田市です。

昔は小さな村でしたが、今は町村合併で豊田市に……

でも、村だった頃から、あんまりかわらない。

うちのまわりの人たちは、ほとんどがトヨタか、そのケイレツ企業で働く。

この地域は、トヨタなしにはもう成り立たないでしょう。

 

で、みんな、どんなふう?

というと、けっこう楽しくやってます。

 

まず、給金がいい。

下請けや部品メーカーまで、安定して生活できるだけの給料がもらえるんですね。

年金もしっかりしてるから、将来の生活の不安もない。

道路もきれいに整備され、大型ショッピング施設も多い。

生活に、なんの不安もありません。

 

福祉施設も充実してる。

お休みもちゃんと取れる。

いろんなところに旅行にも行ける。

孫ができても、小遣いくらいやれる。

 

うーん……これが、「大企業」の実力なんだ……

豊田社長は、その点に、誇りと責任感を持ってるように見えました。

単に、自分たちが儲けるだけじゃなくて……

オレたちは、「地域」そのものをつくってるんだ!と。

 

で、会社としては、できるだけ生産性を上げないと他社にやられるので、安い労働力を求めて……世界中、どこへでも行く。

行った先の地域全体の生活を向上させて、人々に安定した暮しを約束する。

どーだ、こんなこと、「国」とかにはできんだろー……

私の気のせいか、そんなふうに言ってるようにも見えた。

 

で、トランプさんですが、彼は、やっぱり44%を気にかけてるんだと思います。

評論家や学者や、インテリどもに見放された44%……

コイツらをなんとかしてやらなにゃー、男がすたるぜ!

そんなふうに思ってるんでしょうか……

 

44%の心の、奥の奥までグイグイくいこむ。

男トランプ、よっ、大統領!

ということで、ホントに大統領になっちまいました。

 

でも、私には、やっぱり気にかかることがあります。

経済オンチなんで、よくわからないのですが……

経済のシステムには、かならずどこかに「収奪の構造」ができるはず。

 

たとえば……18世紀後半~19世紀にかけて、イギリスの産業革命が成功し、イギリスは、オランダにとってかわって、世界の派遣国家となった。

その「成功」を支えたシステムの一つが、大西洋をはさんだ世界貿易システム。

 

この時代、アフリカでたくさんの人を奴隷にして、新大陸に送りこんだ。

その奴隷たちは、アメリカの南部でインド原産の綿花を栽培し、それによって生まれた大量の綿をイギリスが輸入して、工場で綿織物に加工し、ヨーロッパをはじめ世界中に輸出する。

この、世界貿易システムが、イギリスを世界の派遣国家に押し上げた大きな原動力の一つだったんだと……

 

そうすると、この貿易システムは、もちろん win-win ではなく、かなりいびつで狂ったものだ。

イギリスやアメリカの資本家にとっては win-win なんだけど……アフリカから刈られて、新大陸に送りこまれたおびただしいアフリカの人たち……

ここには、もう、だれがなんと言おうと、明白な「収奪システム」がある。

 

もちろん、現代の世界では、こんなロコツな収奪システムを機能させることはできません。

しかし……たとえば、さっきのトヨタのメキシコ工場のことを考えると……

やっぱり、そこには、明白な収奪システムが機能している。

この場合、「収奪される」のは、低賃金で働くメキシコの労働者です。

で、会社はもうかり、安いクルマを買えるアメリカの消費者も儲かる。

しかし……

ここで注意せねばならないのは、「仕事」を得たメキシコの労働者も、やっぱり「喜ぶ」ということです。

明白に、「収奪」されているにもかかわらず……

豊田社長の「オレたちは地域をつくる」という自負も、やっぱりこの「労働者たちが喜んでいる」という事実からくるのでしょう。

ホントの事実は、そこに「収奪」があるにもかかわらず。

 

もし、「収奪」がないとしたら……

トランプさんを支持した44%は生まれていない。

メキシコの労働者たちに、アメリカの労働者たちと同じ賃金を払う……

それでは、「会社として」は意味がない。

 

ということで、トランプさんは、きわめて難しいことをやろうとしているのがわかります。

メキシコに工場を造らせないということは、メキシコとか他の低賃金地帯を含む「貿易システム」を拒否することになる。

ということは……アメリカの国内だけで、ソレをつくらなくちゃならない。

じゃあ、どっから「収奪」するの?

会社のシステムとしては、それはほとんど不可能のように見えます。

どうするんだろう……

 

保護主義貿易は、裏をかえせば、「収奪システム」を世界に拡散させないという、実は、もしかしたら、倫理的には?きわめて立派なシステムなのかもしれません。

 

しかし……今まで鬼のように、悪魔のように、なりふりかまわず世界中をあさって、「より儲かるシステム」を構築してきた経済システム……

それを、根元から否定することにならないか……

 

豊田社長のように、収奪システムを、「オレたちは地域をつくる」と胸をはって言い換える人もいる。

実際……彼と、彼の祖先の「作品」であるこの「豊田地域」は、実に立派に仕上がってます。

 

去年、豊田市のお隣の知立(ちりゅう)の街を歩いたとき、「由布」でしたか……九州の地名を冠した飲み屋があった。

なんで「由布」なんだろう……

同行の人にきいてみると、かつて、集団就職で、この地域は、九州からくる人たちもけっこう多かったみたいです。

で、その人たちが、故郷を偲んで、故郷の名前の飲み屋をつくったりする……と、そこに、その地の人たちが集まる……

なるほど……この「豊田システム」は、こういう人たちによって支えられてきたんだ……

そう、思いました。

 

もう、この地域の人たちは、みんな豊かです。

かつて、集団就職でこの地にきて、何十年と勤めあげ、今は年金生活の人に話をきいた。

「今の自分があるのは、トヨタのおかげだ」

彼は、そう言いました。

 

そこに、なんらかの暗い色が混じっていたのか……

それはわかりませんが、少なくとも、感謝の気持ちは明白に示されていた。

「オレたちは地域を造る」

トヨタ社長の言葉が思い起こされました。

 

人生に失敗すると、家も故郷も失い、大都会を職を求めてさまようホームレスにならざるをえません。

そうか……自分は、そうならなかったし、定年退職後も一生が保証される。

たとえ自分の故郷ではなくても、トヨタのおかげで、自分は「人」になれた。

この地域の人々の、多くの思いかもしれません。

 

「収奪」は絶対あると思うんですね。今も。

でも……人は、トヨタに感謝する。

 

ふしぎだ……

 

44%は、まず救われないと思う。

彼らを含む「収奪システムの再構築」は、アメリカ国内限定では……それは、できっこないでしょう。

 

移民がどうのというけれど……

移民を受け入れる国は、単に「福祉」でやってるんじゃないでしょう。

「移民を含む収奪システム」を構築して、それで国をまわしてきた。

 

アメリカだって、さんざんそれをやってきた。

44%が錆ついちゃったからといって……

いまさら、国内だけで、「収奪システムの再構築」ができるんでしょうか……

 

ま、トランプさんは経済の専門家だから、私みたいな経済オンチにはとうてい理解も、誤解さえできないふしぎな経済システムを用意してるのかもしれませんが……

 

人間って、ふしぎな生き物ですね……

領土問題って……

そもそも、ヘンじゃないのかな?

 

ロシアの領土でなければ日本の領土になるわけだし……

どっちにしても、「領土」であることにはかわりはない。

 

「領土」というのは、純粋に行政的な、あるいは国家的な概念であって、そこに「住む」ということとは、カンケイない。

たぶん、このへんがごっちゃにされてるんだと思います。

 

ロシアのもんだ、日本のもんだ……という以前に、あそこには、おそらくアイヌの人たちが住んでいたのでしょう。

そのときには、もちろん「領土」という概念はカンケイなかった。

「住む」ということはあったけれど、「領土」は存在しなかったワケです。

で、アイヌの人たちが住む前は……

おそらく、もっともっと、「領土」はなんのカンケイもない。

 

「領土」というのは、すぐれて、近代国家的な概念であろうと思います。

もちろん、古代から、あったわけですが……

でも、なぜか、近代国家の概念だという気がする。

なぜだろう……

 

国家は、「領土」と「国民」と「主権」からなると聞きました。

国家は、絶対的な権力をもって、国民と領土を統治するんだと……

じゃあ、そこが「領土」になってしまえば、「国家」がロシアであろうが日本であろうが、そこに住む人は、「国民」として、「絶対的な支配」を受けてしまうという論理には変わりがない。

 

つまり……問題にすべきは、「国家」がロシアか日本か……なんてことじゃなくて、いずれにせよ「絶対的な支配」を受けてしまうということそのものなのではないか……

「住む」ということと、「支配される」ということは、しばしば相容れない。

「支配」は、「住む」をおびやかす。それどころか、「国民」の「生命」さえ奪うこともあります。

オソロシイ……

みんな、「支配」されているのに、なぜ、安閑として「住んで」いるんだろう……

 

「領土」を、なんか、「オレのもん」と勘違いしてるんでしょうか……

 

このモンダイは、実は、「領土」という概念が持ってる(というかつながってる)2つの根本問題に関連する。

 

1.「思惟」(精神の世界)と「延長」(物質の世界)は、なんのカンケイもない。

2.人間の精神は、なぜか「絶対」(アブソルート)をめざす。

 

この2つは、実はつながってます。人間は、本来連続的で切ることのできない「延長」の世界を、なんのカンケイもない「精神」でズタズタに切り離し、しかもその精神の特性として、「他」を排除して「絶対」をめざす。それが「正しい」と思いこむ。

 

つくづく、人間って、やっかいな生き物だと思いますが……このあたりについては、また稿をあらためます。

先頃、自衛隊に「かけつけ警護」というふしぎな任務を付与するかどうか……が話題になりました。

 

PKOで、国連職員とかが危ない目にあって「助けて!」となったときに駆けつけて守る……そういう理解でいいのかな?

 

で、攻撃してくる相手が反政府軍だったらいいけど、もし政府軍だったらNG。

憲法違反になるから? みたいな理由を付けてた……

 

ここらへん、すんなりわかる人、いないんじゃないか……

というより……

こっからがだいじなとこなんですが……

自衛隊って、そもそもが憲法違反じゃないの?

 

だれが見たって、どこから見たって「軍隊」そのもの。

で、9条は「軍隊は持たないよ」といってる。

 

もうこれ、歴々とした「憲法違反」だ。

 

こどもにリクツを説明できるんだろうか……

 

ということで、この「憲法違反状態」を解消するには、論理的に言って、「2つの道」があるようにみえます。

 

1.自衛隊をなくす

2.憲法を変える(軍隊OKに)

 

さらにいうなら、このどっちかの道しかないように見える。

 

しかし……ほんとうにそうなんだろうか?

 

ということで、ここからが本題に入ります。

 

「自衛隊」はかたちのあるものだ。

自衛隊員というかたち、武器というかたち……具体的な「かたち」を持ってます。

撃たれれば死ぬし、撃てば相手が死ぬ。

人間の物理的身体という「かたち」を変えしまう行為。

 

これに対して、「憲法」はかたちがないものだ。

あの、立派な箱に入ってるのが「憲法そのもの」?

いや、そうじゃないでしょう。

もし、あの箱に入ってるのが「憲法そのもの」だったら、それ以外のものはすべてニセということになる。

本に印刷した「かたち」や、ネットの画面で見られる「かたち」……

それもみな、憲法であることにはかわりない。

もっというなら、たとえば外国語、英語やドイツ語に訳したとしても、やっぱりそれも「日本国憲法」だ……

 

ということで、日本国憲法には、本来「かたち」はありません。

 

自衛隊という物理的な「かたち」を有するものと……

日本国憲法という物理的な「かたち」を持たないもの……

 

この2者には、そもそも、なんの関係もない。

もしそこに、なんらかの関係があると思うのなら……それは、「錯覚」にすぎない。

そういうことになるのではないでしょうか。

 

論理的に考えてみて……

今、「かたちを持つもの」という集合(A)と

「かたちを持たないもの」という集合(B)と

この2つの集合があったとしますと……

この2つの集合は、まったく重なりません。

なぜなら、AとBの間は相互に完全否定になっていて、排中律が成立するから。

 

だとしたら……われわれは、

「自衛隊」という「かたちを持つもの」と

「憲法」という「かたちを持たないもの」と

この両者を比較して、「矛盾してる」と言ってることになってしまいます。

重ならない集合を、なぜか意識の上で重ねてしまって、「矛盾だ!」と言ってる。

これって……ヘンじゃないでしょうか。

 

この問題は、実は、デカルトが苦しんだ問いでもある。

彼は、「思惟の世界」と「延長の世界」をどうやって関係づけたらいいか……と悩んだ。

つまり、「かたちのない世界」と「かたちのある世界」の関係……

本来、この両者はまったく関係ありません。

しかし……

私が右手を動かしたい!と思えば(思惟)

右手が動く(延長)

このように、思惟の世界と延長の世界は、みごとに連動しているようにみえる。

これは、なぜか……

彼は、この両者をつなぐ肉体的な器官として、松果腺を考えたんですが……

現代では、この器官には、そんな能力がないことがはっきりしているみたいです。

 

いや、松果腺だけじゃなくて、どんな器官にも、そんな能力はない。

思考や感情などを、脳内の電気パルスや化学物質で説明する。

しかし、電気パルスも科学物質も、あくまで「かたちある世界」のものであって、「思考」という「かたちのないもの」とは根本的に無関係にならざるをえない。

それが、あたかも連動しているように見えるので、そういう説明でナットクしてるんだけど……

でも、「重ならない集合」が関連するかのように見える……その説明にはまったくなっていない。

 

これは、とてもふしぎなことだと思います。

 

自衛隊と憲法の例に戻りますと……

自衛隊という「かたちのあるもの」と憲法という「かたちのないもの」。

この両者の間には、本来、まったくなんの関係もないのに……

無意識に両者を関連づけて「矛盾してる」と言ったりする。

 

これは、実は、「立法」と「行政」の間に、普遍的に見られる現象でもある。

いろんな法律をつくるけれど、それが「思惟の世界」にあるものであるかぎり、それは「かたち」を持たない。

しかし、「行政」は明確な「かたち」を持って、人間の生活を規制する。

「行政」によって街は造られ、税金を取られる。

考えてみれば、とてもふしぎなことです。

 

この数十年間、自衛隊と憲法は、絶えざる矛盾相克の間にありました。

だれもが、その解釈に苦しみ、明快な解釈を出せた人は一人もいない。

それはまあ、当然のことです。

なぜなら……両者は、本来、「まったく関係がない」から。

関係のないものの間に、ムリヤリ関係をつけて「矛盾してる」と苦しむ。

それは当然、そうなってしまうでしょう。

 

憲法を現実に合わせろとか、現実を憲法に合わせろとか……

そういう発想そのものが、そもそもまちがっていたわけで……

関係のないもの同士、「合わせろ」もなにもない。

 

ということで、私がだいじに思うのは、やっぱり9条の「真実に語ること」です。

この条文は、「戦争はダメ」と言ってる。

軍隊も「ダメ」と言ってる。

これは、当然のことで、だいじなことだと思います。

 

フツーに考えれば、やっぱり戦争も軍隊もダメでしょう。

で、それを正直に述べてるこの憲法は、立派だと思います。

「かたちのない世界のもの」が果たすべき役割を、きちんと果たしている。

この点で、やはり世界に例のない、立派なものだと思います。

 

だから……「矛盾」に苦しむのを止めればいい。

これは、「かたちのない世界」の論理において。

一方、かたちのある世界(現実)ではどうするか……

矛盾に苦しみ続ける。

これが、正解なんじゃないでしょうか。

 

矛盾だから「解消せねば」という気持ちは当然生じる。

しかし……

「かたちのある世界」と「かたちのない世界」は、本来、無関係。

このことをきちんと抑えれば……

あっ、そうだったのか……ということにならないだろうか……

 

どこまでいっても「矛盾」に苦しむ。

私は、それが、ダメなことだと思わない。

歴代内閣は、この「矛盾」に苦しみ、いろんな「解釈」を出してきた。

それは、まことに見苦しいものであるけれども……

しかし、見方を変えれば、まことに立派なものでもあった。

なぜなら……

「かたちのない世界」のものである憲法の条文には、触らなかったから。

 

歴代の内閣には、その点で、ある意味、きちんと「矜持」があったと思います。

たとえ、いくらみっともなく見えようと、こどもに説明できなくても……

「矛盾」を「解釈」で乗りこえてきた。

それは……やっぱり、「かたちのない世界」で、「戦争ダメ、軍隊ダメ」とはっきり書いてる憲法……

どっからどう見ても、正しい。

これに対する「尊崇の念」といいますか、これを変えてはいかん!というギリギリの思いがあった……

その点で、いくら見苦しくても、実は立派な内閣だったと思う。

 

さあ、どうなるんでしょう……