◆平行した向こう側では | On the White Line.

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リハビリ中WWA作成者の日記。映像は引退。


彼は私に微笑みながら昼食の食器を重ねながら続けた。

「私の平行世界に対する考えは、専門家である貴女に笑われてしまうかもしれませんね」

私はうわべだけ微笑み、言葉を返した。

「いえ。ありうる話ですわ。しかし、松谷博士とあろう方が、そのような夢をお持ちになるなんて、

いささか私は驚きました。」

しかし、彼は偽りのない微笑で対応した。

「平行世界の私には、今この浮き島にいる私のように、『深遠』に喜びを見出してほしくないのです」

そういうと博士は台布巾でテーブルに飛び散っている汚れを丁寧にふき取りはじめた。


学者としての私の歴史の中で、男性の科学者というものは、いささか大雑把なのが目に付くのだが、

彼はまるで女性のような横顔をふと垣間見せることがある。

時々それは子を持つ母のような優しさをも感じさせるのであるが、

それは一体、彼の中の何に起因するのか、私にはわからなかった。

彼の時折見せる表情と、今彼が行っている「深遠」とはベクトルは間逆のものなのだから。


松谷博士は几帳面に台布巾を4つに折ったあと、私に向き直って言った。

「平行世界の数だけ、私は希望が持てるような気がします。

 その意味では、私はワールドウォーカーに救われた、人間と言えるでしょう。」


失笑だった。

「博士、このような私に救われたとでも?私のこと、お忘れであって?」

なぜ彼は改めて私に言うのだろうか。

私は全ての意味においてワールドウォーカーでありワールドウォーカーではない。

そのことは不老不死薬と賢者の石研究者である彼が一番知っているはずだ。

それなのによくもこんな冗談をいえたものだ。


しかし、私の失笑とは裏腹に、彼はある種思いつめた表情を見せていた。

「しかし、私には、最早、他にすがるものがないのも事実です。

 私の罪は、平行世界の私が被るべきものではない。そうあってほしいのです。」

彼はそういうと、昼食のトレイを配膳口に持っていった。



「ブラッドレイ博士。平行世界の私と私の思考が似通う可能性は?」


食堂から研究室までの廊下を彼と一緒に歩いたときに彼はそう尋ねた。

私はそのことについては深く知りえないため、

「希望と同じく、平行世界の数だけありますわ。」と軽く返した。

しかし、彼はそれを真に受けたようだった。


「・・それは困っちゃうな。

 もし、平行世界の私と会うことができるのなら、私はどっちの顔で会ったらいいと思いますか?」


それこそ私の専門外だ。人の心など、私はとうの昔に捨て去ったのだから。


「あなたの思ったとおりの顔でいいと思いますわ。」


彼は「そうですか」といい、何かつぶやきながら数歩歩いた後、

また、立ち止まり、そして、廊下の壁にもたれた。

彼の目はうつろだった。何に向けられているのかははっきりとわからなかった。


「博士、自分がどういう人間だかわからなくなったことってありませんか。

 たとえば、博士なら、研究者としてのブラッドレイ博士なのか、それとも女性としてのブラッドレイ博士なのか。」


「さあ。考えたこともありませんわ」そう私はすぐに答えた。

その思考は、ブラッドレイとして定着した頃に完全に決別したからだ。

最早選択肢など私の中には存在しない。


「そうですか・・博士ならわかってくれると思ったんですけどね」

彼は大きくため息をついた。そして、二つの彼の手のひらを見つめはじめた。


「僕は、研究者としての松谷亮なのか、それとも人間としての松谷亮なのか。

ときどきによって変わるので、どちらが本当の松谷亮なのかわからないのです。

問題なのは、僕としてはどちらも本当の自我であるにもかかわらず。

片方の自我は片方を憎み、片方の自我はは片方を排斥する。

まるで戦争のようにめまぐるしく自我の領域を日々侵害し、取り返しのせめぎあいで、

そのときの領土が大きいほうが松谷亮を決めているのです。」


まるで自身を確かめるように手のひらを見つめている博士とは裏腹に、

彼の存在はまるでこの廊下の名もなき研究者の往来に消え入りそうであった。

彼の経歴は世界に名を残すにふさわしい人間であるけれども、

この場においてはそのようなことも意味を成さなかった。


「私は、平行世界に存在する「どっちの私」とも話がしたいのです。それが正直な心理です。」

 けど、その心理に立つと、今ある私自身ははどこにいるのか、わからなくなるのです。」


私は彼の問答を聞きながら白衣のポケットの中をまさぐっているとに紙くずが入っていたのに気づいた。

いつの間に入っていたのだろう。特に何も書かれていない。

私はそれを床に捨てながら言った。


「では、いま物理的に存在している松谷博士は何ですの?」


そういい捨てると、私は壁にもたれる彼を残し研究室に向かった。



思い起こせば、彼との問答はそれ以来、しばらくしていない。



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ちょっとだけ思いついた浮き島の外伝的ななにか。

「研究者サイド」というまだ浮き島本編では語られてないところですが、

そこもおいおい解明していきたい次第です。

研究者は書いてて面白いしハジケられるから楽しいですよ。


ちなみに、松谷博士はWWA世界では「亮(あきら)」で、脚本世界では「明(あきら)」です。

明さんは孤高の天才のように書いてるけど、実は素直・純粋な子供みたいな人間なんですよね。

書いててけっこうほっこりするいいキャラクターです。続編書きたいなあ。