私はよく理想が高いと言われてきた。

そう言われると建前で一応否定はするけど、心では多分そうなんだろうなぁと思っていた。

認めたくないけど。

これもまた認めたくはないけど、顔の好みもあったりして、周囲には「顔なんてどうでもいいでしょう」と言われる。

 

結婚相談所経由でお見合いしたお相手をお断りする時、相談員に差し支えなければ理由を教えてと言われ、良い人だと思ったけどネクタイにシミがあることが気になってしまった、と正直に話したのにそんな小さなことで?誰にでも欠点なんてあるのに、と説教されてしまった。

私としては聞かれたから言ったのに、彼にもっとチャンスが巡るように優しく教えてあげるとか、婚活セミナーのテーマにするとか、なぜリアルな感想を生かそうとしないのかと思った。

それはそれで生かすが、一方で私もそんなことだとチャンスを失うから私のためにということか。。

 

多くの人が、好きではなくとも付き合うことが出来るという。

私は、アプローチされたから付き合ってみたという経験がほぼない。

 

私の友達は、結婚前から恋人である現旦那の悪口を会うたび言っていて、お別れしたら?と何度か言ったけど、こんな私には彼しかいないとのことだった。

相手に対し身体はすごく拒否反応を示したけど、自分に対する愛情を感じて好きになれた、という友もいた。

付き合えるのだからそのまま上手く行けば当然結婚の流れにもなる。

人を受け入れる幅が狭い自分は良くないし、子供なんだと思った。

 

 

1回目のお茶やランチなら、沈黙してしまっても「初回だから」という言い訳がたつ。

言い訳がたつからこそ逆に安心し、少しだけ饒舌になれる。

だから初顔合わせは、そんなにハードルが高くない。

その後も相手も緊張や遠慮があるうちは少し安心出来る。

でも、その魔法も3回もすれば終わる。

相手は自分らしくいられるようになり、私はどんどん萎縮へ向かう。

 

人といるのは、気疲れしたり傷ついたりして辛い。

職場や学校では浮いた存在になりがちな自分が人と関わるには、相手が好きだというモチベーションがないと無理なのはしょうがないと思った。

私の好みはごく一般的なものだと思うので、好きになる対象は誰から見ても魅力的な人。

だから「理想が高い」ということになるんだなと思った。

 

責めても人間って何も変わらない。

自分らしくいられないことで、脳や心のパフォーマンスが悪くなるだけだ。

 

観ていた映画を一時停止してこれを書いた。

途中話がとっ散らかったけど、何となくまとまってきたら4時間経っていた。