婚活を通じてやっと彼氏が出来た報告から、あっという間に半年が過ぎてしまいました。
人のために作るご飯は私なりにではあるけど手間ひまかけて作るし、平日は定時で帰ってもご飯食べ終わると茶碗洗ってシャワー浴びたらもう寝る時間、土日は掃除洗濯、ヨガ行って、お出掛けするともうサザエさんの時間、、というのを繰り返してたら半年なんてあっという間ですね。
疲れやすく活動量に制限のある自分なので、あまり必死にならずに、出来る範囲でやってます。
ブログも書きたいな、とはずっと思ってましたが、このように時間がないのもありましたが、朝起きて何かを感じてこれ書こうと思っても、顔洗って掃除洗濯してやることやってから、と思っていると、そのうち書きたいことが雲散霧消してしまって。
常に頭の中がまとまってないからですよね。
会話というアウトプットはスピードについていけないのですが、頭の中が統合されていないと、文章ですら消えていってしまう。
せっかく今日は1人の時間があって、こうして書き始めた以上、何とか最後までいきたいと思っております。
彼と出会ってこの半年、私的にはの注釈が常につきまといますが、多忙な時間を過ごしていると、考え事をしなくなります。
それから、彼自身の存在が私に与える幸福感は多大で、魂レベルの癒しを感じています。
今まで生きてきて、与えられるべきはずの愛ってこういうものだったの?と思う日々です。
俺の方が愛してる気持ち大きいと思う。
いや、私だよ。
この議論、平行線で終わらないからやめよ。
と言い合っていた時期は過ぎ、今は、ばばあなんて言われちゃってますけど(かなり年下なんです)、この気持ちに変わりないことに疑いを持ってはいません。
だけど。。
仕事が私の大好きなルーティンワークでは済まされず、正社員として他部門との打合せや調整、○○監査員などの担当業務外の役割を与えられその研修だの勉強だのしなくちゃいけないとかetc…で、嫌だ嫌だ嫌だ、、という気持ちで常にいっぱいです。
だから、起床時に不安とともに目覚める感覚は、ずっとあります。
「生きるのが面倒くさい人たち」という本があるようですが、私がそれに当てはまりますね。
気力ない、体力ない、頭の回転ない。
後天的に奪われたものか、生まれつきか。
両方の影響なんだと思います。
その本を読みたいと思っていますが、ネットでポチるのも、いつかいつかと先延ばし。
小学校の時、夏休みの宿題で空を飛ばす模型飛行機を作る課題で、作り方が理解出来なくて泣いていたり、中学高校で和裁や洋裁の課題も理解出来なくて、泣きながら作ったし、そもそも器用さに欠けるし頭がいい方じゃない。
なので、ルーティンワーク以外の仕事をこなすことのプレッシャーが半端ないのです。
その状況での残業は辛い。
でも、派遣社員としてなら残業もオーケー。
派遣社員だとスーパー派遣みたいに称されたりするくらいです。
だから、今、正社員になっているという流れです。
以前、カウンセラーさんが主催してクライアントさんたちの会合にお邪魔させていただいたことがありました。
皆さんお悩みを抱えておられましたが、主に親に厳しく育てられた一般家庭の方が多く、よく喋るし、仕事は独立していたり管理職だったりのキャリアウーマンたちで、とっても気後れしちゃいました。
ACって一括りに言えないですね。
親子関係で、心だけに問題を抱える場合と、能力にまで影響を及ぼすのでは、雲泥の差があると感じました。
能力(脳)へのダメージを受けた場合、もしくは、そもそも親からの遺伝でたいした能力を持たずに生まれてきた状態で、心の問題を抱えるのは、苦しさの量に違いがあると思います。
ベースにある苦しみの上に、自分のヘマで日々生まれる苦しみが折り重なるのだから。
もちろん心だけの傷つきだったとしても、異常な怒りや依存などは脳へのダメージと言えるかもしれないし、こんな単純な構造ではないと思っていますが、わかりやすく言うとそうかなという感じです。
私のように能力的な問題を抱えることは、発達障害に似ていると思います。
いずれも脳の器質の問題なので、似ているのは当然ですよね。
彼と一緒にいる時、私はほとんど喋りません。
彼も口数少ないです。
会話のない状態に、不安や焦りを感じないどころか楽しいと思えるのは、大きな変化だと思います。
もちろん彼とだけなのですが。
でも、課題はまだまだあるよ、ということを今日はシェアさせていただきました。
最近は、アクセスが一桁台なのだけど、これ、誰か読むのかな。
宇宙に向かって言っているようなところがありますが、ひとまずアップしてみます。笑
人のために作るご飯は私なりにではあるけど手間ひまかけて作るし、平日は定時で帰ってもご飯食べ終わると茶碗洗ってシャワー浴びたらもう寝る時間、土日は掃除洗濯、ヨガ行って、お出掛けするともうサザエさんの時間、、というのを繰り返してたら半年なんてあっという間ですね。
疲れやすく活動量に制限のある自分なので、あまり必死にならずに、出来る範囲でやってます。
ブログも書きたいな、とはずっと思ってましたが、このように時間がないのもありましたが、朝起きて何かを感じてこれ書こうと思っても、顔洗って掃除洗濯してやることやってから、と思っていると、そのうち書きたいことが雲散霧消してしまって。
常に頭の中がまとまってないからですよね。
会話というアウトプットはスピードについていけないのですが、頭の中が統合されていないと、文章ですら消えていってしまう。
せっかく今日は1人の時間があって、こうして書き始めた以上、何とか最後までいきたいと思っております。
彼と出会ってこの半年、私的にはの注釈が常につきまといますが、多忙な時間を過ごしていると、考え事をしなくなります。
それから、彼自身の存在が私に与える幸福感は多大で、魂レベルの癒しを感じています。
今まで生きてきて、与えられるべきはずの愛ってこういうものだったの?と思う日々です。
俺の方が愛してる気持ち大きいと思う。
いや、私だよ。
この議論、平行線で終わらないからやめよ。
と言い合っていた時期は過ぎ、今は、ばばあなんて言われちゃってますけど(かなり年下なんです)、この気持ちに変わりないことに疑いを持ってはいません。
だけど。。
仕事が私の大好きなルーティンワークでは済まされず、正社員として他部門との打合せや調整、○○監査員などの担当業務外の役割を与えられその研修だの勉強だのしなくちゃいけないとかetc…で、嫌だ嫌だ嫌だ、、という気持ちで常にいっぱいです。
だから、起床時に不安とともに目覚める感覚は、ずっとあります。
「生きるのが面倒くさい人たち」という本があるようですが、私がそれに当てはまりますね。
気力ない、体力ない、頭の回転ない。
後天的に奪われたものか、生まれつきか。
両方の影響なんだと思います。
その本を読みたいと思っていますが、ネットでポチるのも、いつかいつかと先延ばし。
小学校の時、夏休みの宿題で空を飛ばす模型飛行機を作る課題で、作り方が理解出来なくて泣いていたり、中学高校で和裁や洋裁の課題も理解出来なくて、泣きながら作ったし、そもそも器用さに欠けるし頭がいい方じゃない。
なので、ルーティンワーク以外の仕事をこなすことのプレッシャーが半端ないのです。
その状況での残業は辛い。
でも、派遣社員としてなら残業もオーケー。
派遣社員だとスーパー派遣みたいに称されたりするくらいです。
だから、今、正社員になっているという流れです。
以前、カウンセラーさんが主催してクライアントさんたちの会合にお邪魔させていただいたことがありました。
皆さんお悩みを抱えておられましたが、主に親に厳しく育てられた一般家庭の方が多く、よく喋るし、仕事は独立していたり管理職だったりのキャリアウーマンたちで、とっても気後れしちゃいました。
ACって一括りに言えないですね。
親子関係で、心だけに問題を抱える場合と、能力にまで影響を及ぼすのでは、雲泥の差があると感じました。
能力(脳)へのダメージを受けた場合、もしくは、そもそも親からの遺伝でたいした能力を持たずに生まれてきた状態で、心の問題を抱えるのは、苦しさの量に違いがあると思います。
ベースにある苦しみの上に、自分のヘマで日々生まれる苦しみが折り重なるのだから。
もちろん心だけの傷つきだったとしても、異常な怒りや依存などは脳へのダメージと言えるかもしれないし、こんな単純な構造ではないと思っていますが、わかりやすく言うとそうかなという感じです。
私のように能力的な問題を抱えることは、発達障害に似ていると思います。
いずれも脳の器質の問題なので、似ているのは当然ですよね。
彼と一緒にいる時、私はほとんど喋りません。
彼も口数少ないです。
会話のない状態に、不安や焦りを感じないどころか楽しいと思えるのは、大きな変化だと思います。
もちろん彼とだけなのですが。
でも、課題はまだまだあるよ、ということを今日はシェアさせていただきました。
最近は、アクセスが一桁台なのだけど、これ、誰か読むのかな。
宇宙に向かって言っているようなところがありますが、ひとまずアップしてみます。笑
