今年5月に乳がんが発見された。
すぐに入院、手術の運びとなった。
それらを宣告する医師の前で私は、深刻な顔を装いながら心の中では
「仕事が休めるーーーーー!!」
と歓喜の声をあげていた。
懸念は髪が抜ける化学療法に適性のあるタイプのがんであるかどうかと、進行度合いだった。
化学療法は非適性、ステージは0か1か実際に生検してみないとわからないほどの早期であった。
これで初めての Happy 入院ライフを謳歌できる。
大袈裟じゃなくそんな気持ち。
(それに、その時は支えてくれるかわいい年下の彼氏がいたから……)
もはやお気楽を通り越して、私はそれを望んでいた。
私は、人にケアされることを物心ついたころからものすごく欲していた。誰かに心配してもらえるなら病気になりたいと思っていた。
小学生の時、花火大会で火の粉が顔に落ち、近所のおじさんが「大変だ!」と抱きかかえてくれた。
父のいない私にはおじさんの腕が頼もしく心地良かった。
術後の看護師さんたちのケアは献身的と言えるものだった。
麻酔から目覚め、ストレッチャーで運ばれる最中、朦朧としながら
「物凄い恐怖の感覚とともに目覚めたんです…」
と、言われた方が困るだろうから普段絶対言わないような言葉に対し、
「大丈夫ですよ。きれいなお胸ですよ」
と慈愛と確信を込めて言ってくれた。
実際には、寝心地の悪いベッド、トイレの音やら咳、唸り声などで眠れないし、暑いし、快適とはほど遠い環境なのだけれど、たとえ仕事でも誰かに大事に扱ってもらえるのはこの上なく嬉しかった。
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すぐに入院、手術の運びとなった。
それらを宣告する医師の前で私は、深刻な顔を装いながら心の中では
「仕事が休めるーーーーー!!」
と歓喜の声をあげていた。
懸念は髪が抜ける化学療法に適性のあるタイプのがんであるかどうかと、進行度合いだった。
化学療法は非適性、ステージは0か1か実際に生検してみないとわからないほどの早期であった。
これで初めての Happy 入院ライフを謳歌できる。
大袈裟じゃなくそんな気持ち。
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もはやお気楽を通り越して、私はそれを望んでいた。
私は、人にケアされることを物心ついたころからものすごく欲していた。誰かに心配してもらえるなら病気になりたいと思っていた。
小学生の時、花火大会で火の粉が顔に落ち、近所のおじさんが「大変だ!」と抱きかかえてくれた。
父のいない私にはおじさんの腕が頼もしく心地良かった。
術後の看護師さんたちのケアは献身的と言えるものだった。
麻酔から目覚め、ストレッチャーで運ばれる最中、朦朧としながら
「物凄い恐怖の感覚とともに目覚めたんです…」
と、言われた方が困るだろうから普段絶対言わないような言葉に対し、
「大丈夫ですよ。きれいなお胸ですよ」
と慈愛と確信を込めて言ってくれた。
実際には、寝心地の悪いベッド、トイレの音やら咳、唸り声などで眠れないし、暑いし、快適とはほど遠い環境なのだけれど、たとえ仕事でも誰かに大事に扱ってもらえるのはこの上なく嬉しかった。
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