2年前の3/1息子は無事、

高校を卒業した。



本退院から2ヶ月と少し。

今思えば奇跡。

けど、あの時は


なんで卒業させてくれない?

なんで?


と苛立ちと焦りばかりだった。


高校3年生、をほぼ入院で過ごした息子。

学校へ行ったのは6.7月と12.1月。

その後は1人補習で登校が1ヶ月。


定期テストも一度も受けていない。

登校していた時も、1日いれた日はほぼない。


卒業の時もらった通知表は、

全てたしか斜線だった。



そんな状態の息子が留年することなく、

みんなと同じ日に卒業式に参加できたのは、

担任と学年主任のおかげでしかない。


テストも受けず、出席日数も足りず(同級生が仮卒後も毎日出席したとはいえ足りていないのは私でもわかる)

それなのに、

みんなと同じ日に卒業させてくれと圧をかけまくる親(私w)


学年主任は特にキツかっただろうな、と思うw

長い教師人生でも脳腫瘍で長期入院した子に出会ったこともなかったと言っていたから

全てが初めて。

学校としても初めて。

前例のないことだらけの中、本当に親身になってくれ尽力してくれた。


2年の時の担任のおかげで入院中から担任、学年主任と連絡を取ってはいたが一時退院が決まった後からはほんとに何度も先生と会って話した。

卒業を諦めたくない息子、

進学も諦めたくない息子、

現役合格に拘る息子、

それでも体力的に前に進めない息子。

息子の思いだけを最優先に、

無茶ばかり言った親(私w)


それでも息子の送迎の際にも帰りはいつも先生が付き添ってくれていて、担任と学年主任以外の先生とも話した。

息子のことを心配してくれる先生たち。

まさか高校生になって学校とここまで関わることになるとは、と思いつつ、

先生たちの優しさに救われた。



唯一受験できた今の大学を受けるため

卒業式翌日からも息子は制服を着て学校へ。

受験のために担任とマンツーマンで面接の練習などをこなしていた。


全て締切ギリギリで、

私は大学のある市に何度も往復した。


ちょうど今頃は入学が決まって、

支払いをして、書類を届けて、

アパートを探して。


ほんとに目が回りそうな1週間だったのを昨日のことのように思い出す。



あれから2年。

色々ありながらも息子は

来月から無事3年生。

心配した専門コースへも無事進めた。


3年前の今頃は腫瘍摘出手術直前で、

不安だらけで、

3年後こんな毎日を過ごせているとは想像さえ出来なかった。



今、不安な入院生活を送っている子達や、

不安に押し潰されそうなご家族に

息子のように明るい未来が待っていますように。


新しい一歩を踏み出す子供達が

幸せな日々を過ごせますように。