私は霊能力のような物はないので、イメージで伝えて頂いたものを集めたり、そうやって断片を集めながらいつかは言葉としてもっと沢山の物を受け取れる事を何となく目標にしつつ日々楽しく訓練してます。

 

こんな私ですが、初めて椿大社という神社に参拝後、椿大社の奥宮、鈴鹿山脈のお山を登っている時に、長時間に渡って神様と守護霊さんとの対話を体験できた事があります。

 

あの時は私の力という訳ではなく、神様の方が私の能力をカバーした上で声を届けて下さったのだと思います。

 

この椿大社さんでの一日は、思い返しても不思議な奇跡が何個も重なり、今でも私の宝物のような思い出の一つなのです。

 

この時神様に頂いたお言葉や、この時守護霊さんの存在を感じ頂いたお言葉のおかげで、私は何回も救われ、大袈裟ではなく何とか生きながらえているのです。

 

この日の私は波乱に満ちた一日を、人に話しても到底信じては貰えない奇跡的な生還を遂げた不思議な1日を過ごしました。

 

その後、私の人生は大きく変わり、私にとって椿大社の神様は今でも特別で大好きな神様なのです。

 

椿大社の奥宮のある入道ヶ岳(鈴鹿山脈)で撮ったお写真。

 

それ以外で神様の声を聞いた事はありませんが、実は過去世の記憶の中で、同じように神様の声を頂いた事があります。

 

過去世の中の私はずっとずっと昔のアメリカのような雰囲気の

木があまり生えて無い山肌がむき出しの山を登っていました。

 

私は13歳から15歳くらいの少年で、小さな弟と妹の手を引いて山を登っています。貧しい生活の中で両親を失い、生活は益々困窮し、弟と妹を食べさせていく事ができず、色々な事が重なり、まだ少年の私は絶望し、山の上から弟と妹を道連れに死のうとしてたのです。

 

山の上で崖から飛び降りる為に心の準備をしていたその時、空の色が変わり、空から神の声が聞こえて来ました。

 

年老いた男性の気配と声の神様でした。

 

その時神様が見せてくれた映像が、ここを飛び降りない選択をした後の私達の行く末でした。

 

少し先の道を下れば小さな一軒の家があり、その家に私が妹と弟の手を引き向かうと、中の夫婦が食事を食べさせてくれて、その後の自分たちの映像が早回しの映画のように映し出されていました。

 

その映像と神の声を聞き、私の心がどんどん癒され感動に包まれました。

 

この時の過去世の記憶はこれ以上は思い出せていないので、その後どうなったのかはわかりません。

もしかしたら、神を見たのは死を選んだ後の魂かもしれないし、よくわかりません。


そして一食の食事で生活そのものは改善するわけでもないけれど、神の声が聞こえた時の空の色や神々しさ、高波動の心の隅々まで照らす癒しの光、魂に深く刻まれた記憶としてはっきり残っているのです。

 

例えばあの後、やはり生活は困窮し私達は飢えて死んでしまったのだとしても、あの時の私の魂に刻まれた光と感動は今世の私の中を光で満たすほど温かく、一見悲惨な人生に思える生涯であっても、その記憶のおかげで、私自身があの時も悪くない人生だったと思えるのです。

 

死を選ばななければ、諦めずにいればあの夫婦のように、食事や愛を分け与えてくれる人がこの世には存在するのだと、惨めで誰も助けてくれないと思っていた世界でも、人や神の愛は存在したのだと。


 

その出来事は幼いからこそ純粋な過去世の私の魂に、美しい信仰心を植え付けました。その信仰心は今世すっかり忘れていたのではなく、その記憶と連動して私の魂から溢れ出し、ちゃんと残っていたのです。

 

廃れて惨めで愛のない自分であったからこそ、善意や光は闇を照らし魂に染み渡る、それは時代関係なく過去世の私と今の私をまとめて救ってくれるくらい偉大なのです。

 

そしてこの記憶が蘇った時にわかった事がもう一つ。

 

私はユーゴのレミゼラブルが大好きで、何度も何度も読み返しています。

 

原作も舞台も映画もどれも大好きなのですが、主人公のジャンバルジャンが施しを受けた司教の元で盗みを働き逃げ、その後捕まった彼を前に司教は彼を許し、盗んだ銀の燭台で人生をやり直すよう諭すという場面があり、なぜか昔っからその場面で異常なくらい心が動き、おかしいくらい号泣するのです。

 

辛く過酷な毎日の中で閉ざした心も人の温かな心で溶け救われる。この場面は過去世での私の記憶を揺さぶり、物語の一場面としてだけではない感動を呼び起こしていたのだと後になってわかりました。

 

過去世の記憶は過去世を乗り越えられた時、又は乗り越えようとする時、その時の記憶が必要な時などに思い出すのです。

 

過去世の記憶はこの時のもののように感動だけではなく思い出した後も暫く苦しい記憶に左右されるほど重いものも沢山ありますが、長い目でみればどれも自分に必要が生じたから呼び起こされ、そこに何らかの意味があるのだと、私は思っています。

 

因みに私は30代半ばを過ぎるまで私は全く信心深くありませんでした

 

母が神社仏閣が好きで、幼少期から家族で連れて行かれる事は多かったのですが、両親も信心深いかというと、そういう訳でもなく、神社仏閣のお庭や襖絵や歴史が好きで、美術的な価値や歴史を感じる場所として訪れていたように思います。

 

特に何かを信仰するとかもなく、お正月には初詣に行き、先祖供養でお坊さんにお経を上げてもらったり、クリスマスやハロウィンは楽しく過ごす、そんなごく一般的な家庭で育ちました。

 

倫理学や哲学が学生の頃から好きで、キリスト教や仏教の教えも思想の一つとして興味はありましたが、どこまでも遠く感じていました。

 

神様の存在も信じていなかった気がします。

 

私の過去世で特に今の自分に影響の強い隠れキリシタンの時の記憶が蘇ったのをきっかけに他の過去世の記憶が蘇ることがここ数年では特に増えました。

 

本来の自分の魂がどれだけ神様の高波動の光を求めていたかを自覚し、少しずつその渇望は湧き上がりつつあります。

 

初めて思い出した過去世は隠れキリシタンの時の記憶でしたが、その同時期くらいに桜井織子さんの存在を知り神社仏閣に友人と軽い気持ちで参拝するようになり、また生き霊や霊的なものの影響を受けるようにもなり、目に見えない世界がどんどん身近になり、そこからの救いを求める事で見えない力に助けて貰えるようになりました。

 

目に見えないものに苦しみ、目に見えない物に助けられ、その苦しみが強ければ強いほど、自分を救う見えない光の尊さに感動し、その感動が信仰へと人を誘うのです。