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So ease it off


これにぴったりな感じの私の言葉、なかなか思いあたらなくて。

2年前の春あたりから夏にかけてだったかな。

ケーブルテレビでよく見ていたクロッシング・ラインのテーマ曲でした。

 
国境をまたがってEU圏内で続発する凶悪犯罪を捜査するために

ハーグの国際司法裁判所の直属チームが結成されて、

国境をまたがる連続犯罪に立ち向かっていくって、そんなドラマ。


これは本当に最近気づいたのだけど、イマジン・ドラゴンズの歌なのね。

2015年にリリースされた Smoke + Mirrors の一曲です。



この歌では、どっちなんだろう。

復讐のために相手を追い詰めたその人が、

復讐を果たすその前に、相手に見せる余裕なのか

それとも

犯罪者を追い詰めた捜査官が、犯罪者を確保する前の最後通牒なのか。


もう抵抗なんてできないだろ。

だからさ、もう楽になりなよ。

もう、耐える力なんて君には無いんだから。

だから、もう楽にしておきなよ。

強がらなくて、いいよ。

力抜いて、いいから。

だからもう抵抗なんてできないだろ。

もう、楽になりなよ。


…だめだ全然臨場感のない感じになるんだよなぁ私の文体だと。


こういう歌、好きなんですよ。

特にジムのワークアウトの時なんて

ちょうど良い具合にアドレナリン出してくれるような感じで。

こんな歌でもっと写真を加工して、記事に上げたいなぁと思うのだけど、

なんか全然雰囲気伝わりそうになくて。


せめて次女が

お友達のモモちゃんと元気にランで追かけっこしてたときの

さぁ捕まえるから必死になって逃げなさいさもないと…

そんな感じの写真で。

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いつかお前もこの世にさよならしなきゃいけない。

だから、記憶に残る人生、送らなきゃ。

まだ子供の頃ね、父さんがそう言ってくれたんだ。

あの夜のこと、決して忘れること、ない。

父さんが、そう言ってくれたあの夜のこと。


2015年のアビーチーのアルバム、Stories に収められた

3分にも満たない短い歌です。

EDMだよねこれ、って疑いたくなるほど、フォークな感じ。


それにこの人の声、どれが生の声なんだろうってくらい

楽曲で声色が違うし。





私自身、強い親子のつながりってそう感じるほど

エモーショナルな人間ではないのだけど

この歌を聴いて

まだ小学生の頃、父の趣味だった海釣りになかば無理矢理

連れて行かれて、

船外機付きの小さなボートで沖まで行って、アンカーを投げ入れて

たばこをくゆらしながら満足そうに釣り糸を垂れる

そんな父を思い出しました。


そんな私自身、あの頃の父の年齢を越していることに

そして今になってもあちこちうろうろしている自分自身に



-お前はいったいどこに向かっているんだ



そう、問いかけたくなります。

問いかけたところでしっかりした答えなんか、出せるはずもないのだけど。




今は年老いて海に出ることもなく、日長一日施設と家の往復を繰り返す

そんな父は今こんな風な私のこと、どう言ってくれるんだろう。

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ピアノと声。

それだけでリリースできるってのは

それだけ歌声が魅力的なのでしょう。そしてメロディも。

2013年にリリースさされたジョン・レジェンドの歌です。


私のありったけで 貴方のこと大好き

貴方を形作る曲線、そして端から端まで、

不完全なのかもしれないけど、私にとっては

これ以上ないほど、完璧なんだもの。


貴方のありったけも、私、ほしいな

貴方が最後で、貴方が最初だから

くじけていても、私、大丈夫だもの

だって、私は貴方にありったけを差し上げているし

貴方も、そうだから


そんな感じの歌です。


どの犬でも、ご主人を見るときの表情は

-私のありったけ、差し上げます

そんな表情してるって、そう思ったことないかな。



三女。

長女や次女と違い、まー犬らしい犬っていうか

我慢強い長女やかまってちゃんの次女と違い、

マイペースな子だったのですが

こんなふうにおやつをもらえる時は

長女や次女に負けず

-私、あなたに私のありったけ、あげているんだよ


そんな表情をする子でした。


久しぶりにこの歌聴いて、なぜか思い出したのは

この三女の顔でした。

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マイケル・ボルトンのアルバムはこの歌が収められたものしか

持っていません。今、どんな活動をしているんだろう。


深刻なメロディーと歌声の割には、歌詞だけ見るともうそれは

甘い甘いラブソングで、

どれだけ彼女さんのこと、大好きかを綴っています。



大好きって言ったけど、私、嘘つきました。

私のこの気持ち、きっとそれよりもっと、強い。

大好き。そう言ったけど、それ間違ってました。

大好きって気持ちじゃ、こんなに強く感じない。

だから、大好きって言葉、嘘なんだ。


そんな感じのフレーズがサビとして何度も繰り返されます。


言葉に乗っからないくらいの強い気持ちって

どう伝えればいいのだろうね。



昨日からの記録的な大雪で、除雪に追われたとばっちりで

散歩にも行けずふてくされている次女。


言葉を持たないお前は、

人間が持つこういう気持ち、わかってくれるだろうか。

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1989年にリリースされたアルバム But Seriously...に収められた

フィル・コリンズの歌。

もの悲しげなバグパイプとドラムが最後に流れるこの歌は、

当時深刻な状況だった北アイルランドにすむ人たちの、自分の力では

何もできない無力感に包まれています。



1日中貴方のために銃をとっているその人、

貴方の名前すら、知らないんだよ。

若者達が銃を手に取りやって来てはもう二度と戻ってこないけど

それでも生活の日々が、いつものように過ぎてしまうなんて。

もしね、もういやだってみんなが思ってそれをみんなそうだね、

そう思ってくれたら

この悲惨な状況、今日この日に止めること、できるのに。


当時、海の向こうの自分とは関係の無い報道、そんなふうにしか

とらえていませんでしたが、それと同じ時期に、その戦禍の中で

苦しんでいる人たちの気持ち、想像の向こうでした。



なんだろうね。

今になってこの歌を聴くと、あの当時思いもしていなかった

その無力感が、まるで自分自身の無力感であるかのように押し寄せてきます。




他人を傷つけたり、制圧するような強さなんていらない。

貴方も傷つけられたり、力で押さえつけられるようなこと、いやでしょ。

だったら、一緒にいやだって、そう言えばいいのに。




気分が落ち込むと聴くことの多いこの歌ですが、

なぜこの歌に惹かれているのか、考えたときに、そんなことを思いました。