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2017年にkygoがリリースした歌です。

フィーチャーされているのは、

アメリカの The Night Game というバンドと

スウェーデン出身の Maja Francis


もうこれでおしまい。これが最後の、さよならの挨拶。

私のこと、どうか探しに来ないで欲しい。

貴方のこと見て、泣くことももう、叶わないから。

誰か私のこと、隠してくれればいいのに。


子供の頃みたいに、私たち、お互いのこと大好きだったよね。

でもほら、もうお互いに、大人だし。

だからね、貴方のこと、あの頃のように抱き寄せるなんて、しちゃいけないんだ。

子供の頃、大好きだったあの頃みたいに。




もう離ればなれになってしまうことがわかりきっているけど

気持ちまで離ればなれになることが、わかりきっていない。

だってずっと、一緒にいて

ずっと大好きって気持ち、持ち続けていたんだもの。

そんなわかりきっていない気持ちを整理するための言葉が

-子供の頃みたいに、私たち、お互いのこと大好きだったよね。


そんな、切ない感じの歌です。



そうだよそれは。

頭でわかることと、気持ちで納得できることが、

必ずしも一緒とは、限らないもの。


こんな葛藤をもつからこそ人間なんだよ。


ある方はきっと、そう仰るでしょう。


こんな葛藤をもつくらいなら、何も感じなければ良いのに。


でも一方で、そんなことを思って

何も感じないふりをしながら、うちひしがれる方も、きっといらっしゃるのでしょう。




大切な人が、

 や、それは必ずしも人でなくてもいいのだけどね

そういうものが目の前からいなくなってしまうことがわかったとき

喪失感をやり過ごすために必要な考え方って、どちらなのでしょう。

どちらも必要、

それもきっと、頭ではわかっているのだけどね。

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セレ-ナ・ゴメスよりもkygo - カイゴ - という不思議な綴りのアーティストが

いるんだ、実はそれが、この歌の第一印象。

この方、ノルウェーの人なんだってね。リオのオリンピックの閉会式に出ていた

そう、wikiに書いてあったけど、そうだったけなぁ。


もう、おなかいっぱい。そんな風に思った彼氏さんなんだけどね。

でも。




明け方の暗い中、一緒に歩いてくれる人、誰なのかな。

日の光がまぶしくて眠れなくても、優しく貴方を揺すってくれる人、誰なのかな。

酔っ払ってさ、1人でいるのに、貴方を家まで送ってくれる人、誰なのかな。

明け方の暗い中、一緒に歩いてくれる人、誰なのかな。

私じゃ、ないんだけどね。



そんな感じの歌です。


なんだろうねこの、思い出の中の楽しかった時間と、

今の冷めてしまった時間の、交錯する感じ。

歌詞全体からは決して、後悔しているとか、時間を巻き戻したいとか

そんな印象は受けないのだけど

交錯した時間を今の彼女さんが受け止めている感じが、印象的な歌です。




長女と、次女。

お前達はきっと今だけを生きていて

過去と今が交錯するようなそんな感覚はきっとないだろうけどさ。

いまだに、夢を見ることがあるよ。

仲良しだったお前達が、全身で仲良しなんですって表現している姿。

特に長女。

お前、次女のこと、大好きだものね。



今も私のそばにいる次女を見ると、思い出します。

私のそばの次女のこと、長女は本当に、大好きだって。

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そうやって悲しみにうちひしがれて

真夜中のニュースに出てくるような悲劇の主人公みたいな気持ちだと思うよ

でもね。



1人じゃないんだよ。

いつまでだって待ってるからさ。

電話してごらんよ。私に話しかけてごらんよ。


そしたらほら、わかるから。1人じゃないって。



1986年にシカゴがリリースしたアルバム CHICAGO 19 の1曲です。

このアルバム、大ヒットしたのだけど、なんかヒットした歌がなんというか

失恋系の歌ばかりで。や、大好きですよ。メロディラインも秀逸だし。

いつかそんな歌で記事を上げる機会もあると思うのですが、

その中でも今日取り上げたこの歌、失恋した本人ではなくて

その友達の視線で書かれています。


気を落とすな、とか、がんばれ、とか、 なんとかなる でもなくて

1人じゃないから。

ここでは、そんな励まし方。


何か大切なものやことを失ったり、大きな失敗をしたり。

そんな時は私自分1人がどん底に突き落とされたような

そんな孤独感を味わいますが

そんな中でも、1人じゃないから。

そう言ってくれる仲間がいることって、実はとても幸せなこと。

その時その瞬間はそんな余裕なくても何も言えなかったとしても

いつかどん底から這い上がって、いつものように何てことない顔しながら

過ごせるようになったら、素直に感謝の気持ちを、伝えたいです。




ところで次女。

お前そうやって人の布団に潜り込んで

私1人なのって寂しそうな顔してるけど。

さっきこっぴどく怒られて、しょげてるだけだろ。

大丈夫だよ。

どんないたずらしてもさ、最後はいつもそばにいるから。

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この寒くて外の景色も真っ白なのになんて季節感のない

そう、思われたらごめんなさい。

But I know a place where we can go
That's still untouched by man
We'll sit and watch the clouds roll by
And the tall grass wave in the wind

お父さんがどこかへ行かなきゃいけなくなって

誰かわからないけど、弁護士さんがいろいろしてくれて

そんな時間を過ごしたけど、でもね。


まだ誰も足を踏み入れてなくて

座って流れる雲を見上げることできてさ

背の高い草が風になびいているような場所、

そんな場所、知ってるんだ


だけど。

もう、子供でいられる時間は、きっとおしまい。

「いつまでも幸せに」

そんな言葉を信じていた時期は、きっとおしまい。

だからね。

忘れたくないんだ。

だから、最後に一度、キスしてくれないかな。

さよなら。そう言う前にね。

貴方の顔、見つめていたいんだ。


1989年にドン・ヘンリーがリリースした歌です。


もう、おしまい。

だから最後に、貴方の顔、見つめていたい。


そんな一場面を切り取ったようなその歌詞を、急に思い出して。


この歌、どう聞いても冬の歌じゃないんだけど

夏のある日に、三女が私を見つめていた写真を見つけて。

それで、記事にしようと思いました。



でもさ三女。

お前、虹の橋に渡るその時まで、ずっと子供だったじゃないさ。

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私が子供の頃の歌。

そう言ったら、怒られるだろうか。

1979年のリリースだから、あながち間違いでも

無いと思うのだけど。

もはや伝説になっているのかもしれないくらいの

ジョン・トラボルタ主演のサタデーナイト・フィーバーに

収められている、ビージーズの1曲です。



子供の頃聴いたときはそれほどでもなかったのだけど

観光である国に行った時に、立ち寄った喫茶店で偶然流れていた歌。

その喫茶店の雰囲気と、とてもよく合っていたっていうのが

私のこの歌の印象。



どれだけ私のこと、大好きなのかな。

や、真剣にね、知りたいんだ。

だってさこの世界、私たちをがっかりさせるような

残念な人ばっかりじゃない。

私たち、したいようにさせてくれればさ、

私と貴方、2人のままでいられるのに。




今聞き返してみるとね。

-どれだけ私のこと、大好きなのかな

これってとても

答えに困る質問、そう思わない?

どう答えれば、相手にとって正解なんだろう。



だってさ。

私も貴方のこと、大好きだから一緒にいるのに。

今一緒にいるその人に

どれだけ私のこと、大好きなのかな

そんな質問、問いかけることってできるんだろうか。


や、揚げ足取りみたいな疑問って、わかってるよ。

でも、問いかけるほど大好きなその彼氏さんの気持ちよりも

問いかけられた彼女さんの答えの仕方が、気になる。

そんな、歌です。