イメージ 1

2009年にリリースされたエリオット・ヤミンの歌です。

当時日本でもヒットしたそうですが、その頃のことは

よくわかりません。


サヨナラとは言わせない って日本語での副題がついたんだそうです。

この人どうして、こういう男女の機微歌うと、心に刺さるような

言葉使いできるんだろう。。。



気持ちが離れていってる、それは分かるのにそれとは違う行動、

あなたしてるじゃない。

あなたのしてることがね、あなたの言葉よりも雄弁に物語ってる、そう思っているんだよ。


や、わかってるよもう一緒にいたくないし、独りでいたいって。

だからね、言ってること、信じられないんだよ。

だってあなたのしてること、まだ一緒にいたいって言ってるみたいなんだもん。


そんな感じの歌です。



あなたは私が、あなたのこともうどうでもいいって、思ってたでしょ。

私はあなたがね、もうここにはいないって思っていたんだよ。

ねえ、ここからさ、もう一度、前に踏み出せないかな、それができたら、いいんだけど。


合間に挟まるこんな一縷の望みをつぶやくような歌詞を挟みながらも

すれ違って離れてしまった彼女さんのこと、

私、何て言葉かければよかったんだろうね

そう言って、すれ違ってしまった彼女さんの背中を見つめるしかできない、

そんな風にこの歌は終わります。





こういうときね

なまじ言葉をもったことが、泣きたくなるくらいいやになる。

イメージ 1

驚くことに、画像に上げた歌詞が全てです。

2009年のアウル・シティーのアルバムの中の歌なのですが

やたらに短い(2分13秒)歌があったので、気になって聴いたのが

これです。


日本語では 流星群 と訳されるのこの歌は


やっと分かったよ。いつだって私のそば、いてくれてたんだね。

独りじゃないんだよね、生まれ変わったのだもの。

独りにしないでね。どうしようもないくらい、あなたが必要だから。


こんな感じになるのかな。


でもこの「あなた」

大好きな誰かや大切な誰か、じゃなくて、神様のことのようです。



後で分かったことなのですが、アウル・シティーは熱心なキリスト教信者で

有名なのだそうで、歌詞に出てくる代名詞が神様を指すこと、よくあるようです。

そういえば以前も、神様をモチーフにした歌で記事上げたこと、あったっけ。


生まれ変わってあなたが必要でどうしようもない気持ちと、流星群がどうやって

結びつくのか、わかりません。

分かりませんが、この歌のメロディはそれこそ流星群を迎える夜空のような

そんなメロディーです。



短いけど印象に残る歌って、あるんだなぁ、って思ったのでした。

イメージ 1

...But Seriously

そう名付けられた1989年のフィル・コリンズのアルバムの中の歌です。

エリック・クラプトンがギターで参加してて、しかも小芝居も

こなしていたっていうので、話題になったんじゃなかったっけ。



朝、散歩しててね。

ぽつりぽつりと雨に降られて、で、思い出したのがこの曲。


もう別れてしまって会うこともないと思っていた元彼女さんに

ばったり会って、自分がいまだにその元彼女さんのこと、

大好きってことに気づかされて、そのくせ元彼女さん傷つけたこと、

生々しく思い出して、こうして再開してまた傷つけたこと、

やるせなくなって。



ええいこんなことなら雨に濡れてしまえばいいのに。私だけ。



そんな、歌です。


rain down on me ってそんな都合のいいこと、ないはずなのに、

それくらい、消えてしまいたい気持ち、なんだろうな。



 
後悔を知らない次女には縁の無い話だけどね。

イメージ 1

2018年にリリースされた、フィリップ・フィリップスの3枚目のアルバム

Collateral に収められた歌です。前年の2017年に先行リリースされました。


そうだよ、何マイルだって上にいくんだ

もう再び降りることはないよ

そうだよ、何マイルだって上にいくんだ

もう再びこの地を触れること、ないんだよ

そんなフレーズが何回も繰り返されるこの歌は、振り向かずに上をみて生きていく

そんな決意が込められた歌です。





私事ですが。

22年前に選んだ生活を変えることにしました。

22年間のこの時間を、この先22年間、後悔にまみれながら生活することを、やめました。

楽しいことや、素敵なこと、驚くこと、たくさんありました。

その思い出はそのままに、時間を止めることにします。



何を言っているんだお前は、そう言われそうですが

生活環境を一新しますよ、そういうことです。


この22年間の思い出と、そして今もそばにいる次女。

もちろんそれだけではない、わかってるけど、今大きく私を占めているのは

この2つです。

そしてこの2つをもって、新しい環境に飛び込もうと思います。

イメージ 1

歌の中で歌のことを歌う、そんな二重構造をもった名曲です。


私の傷、あの人の指でなぞられるような

私の今までの生き方、あの人が歌っているような

そしてその歌、私の気持ち、優しく私に迫ってくる

私の今までの生き方、あの人の歌の言葉の中にあるような

そして私の胸、その歌でとても優しく、締め付けられてくる



そんな歌い出しで始まるこの歌は、1973年にロバータ・フラックによって

リリースされました。


killing me softly 

これをね、優しく、苦しまないようにあの世に送るってふうにしかなかなか

訳せなくて。でもそれ、どう考えてもあの世にいかせるようなそんな雰囲気じゃなくてね。

彼が歌うその歌の歌詞、自分の今までの生き方にどうにもオーバーラップして

そして胸が苦しくなるような共感でいっぱいになって…

そんな感じなんだけど、それをうまいことまとめ上げる言葉、なかなか見つけられなくて。



ちょっとお目にかかれないスタイルの歌、彼聴かせてくれる

そんな噂を聞きつけて、そのクラブに足を運んだら、思ったよりもステージに立っている彼、若くて。

でもその歌、その言葉、まるで私の今までの人生トレースして歌っているようなそんな感覚に襲われて。



そんな、歌の中で聴いた歌の感想を歌うような、きっとこの歌のヒットの後、こういうスタイルが

いくつかあったかもしれない、って思わせるような、そんな歌です。




次女。たまにだけどね、こんな感覚に襲われる。

もしこれからずっと後、私の人生が語られるそんな時があった時ね

先に虹の橋のたもとに行ってしまった長女と三女。そして今そばにいる次女。

お前達の話がなければきっと私の人生、語られるものがないんじゃないかって。



お前達と生きた時間が、私の語られるべき人生だとしたらそれって、

幸せなことなんだろうか。