英語の recruit はカタカナ語にもなっているごく一般的な言葉です。働き手をリクルートするなどというときに使います。そういう名前の会社もあるのでご存知でしょう。

 

ちなみに英語辞典(Longman)では、こう定義されています:

 

to find new people to work in a company, join an organization, do a job, etc.

 

例文も:

 

The police department is trying to recruit more black officers.

 

この例文に見られるように、会社だけでなく、軍隊や警察などの組織(organization)にも使われます。

 

この意味の中で、一つ日本ではあまり知られていない使い方があります。それは大学が学生(高校生)をリクルートするという使い方です。学生募集、志願者獲得という意味です。例えば、『ニューヨーク・タイムズ』に、こんな見出しのコラムがありました:

 

Colleges recruit at richer, whiter high schools (The New York Times)

 

記事の趣旨を一応書いておくと、大学は文化的、社会的、経済的に多様な学生を集めていると言っているけれども、実はそうではなくて、裕福な白人の多い高校で生徒をリクルートしがちであるという批判的内容です。興味のある方はリンクから記事をどうぞ。

 

アメリカにビル・ロイアル(William Royall, 1946-2020)という人がいました。ダイレクトメールなど、マーケティングの手法を大学入学者選抜の世界に持ち込んだのがこの人です。もともと選挙広報などの世界で活躍していたのですが、そこで培った手法を高等教育に応用しました。

 

*画像は Fast Company というところから拝借しました。この記事 "The man who invented college spam" (Jeffrey Selingo, Oct. 10, 2020) と、そこで紹介されている本(記事の執筆者自身が書いた本です)も参考になります。

 

 

アメリカでも、有名校ないしトップ校は志願者が殺到しますが、その他諸々の大学は学生獲得に苦労しています。戦後すぐの生まれのベビーブーマーの世代に大学進学率は大幅にのびましたが、その子どもの世代になると日本のような第2次ベビーブームは起こらず、学生獲得の方法を変えざるを得ないようになります。大学は営利団体とは違うので、企業が使うような広告だのマーケティングだのには抵抗があったようですが、ここに商機を見出したのがビル・ロイヤルです。彼の obituary からですが、少し紹介しておきます:

 

There aren’t many individuals who can claim legitimately to have brought about substantial, even revolutionary, change in the way that college admission is conducted.  Recently we lost one of them.

 

Bill Royall passed away on June 25 at the age of 74, fourteen months after being diagnosed with ALS.  He was an entrepreneur known in the college admissions world for having founded Royall & Company, the largest and most prominent direct marketing, student recruitment, and enrollment-management consulting firm serving college and universities.

Jim Jump, "Remembering Bill Royall, The Thoughtful College Search, July 10,2020

 

下線を引いたように、"direct marketinhg" や "student recruitment" という言葉が使われています。近年ますます早いうちから大学選びが始まるようになっていますが、アメリカの高校生の元には大学の案内やパンフレットやらがたくさん届きます。今では eメールも増えましたが、かつては郵便でした。私たちの家のポストに入るチラシやダイレクトメールと同じです。

 

アメリカには日本のような入学試験はなく、高校の成績、クラブやボランティアなどの活動の記録、推薦状、そして SAT や ACT といった標準テストのスコアを元に、大学のアドミッション・オフィスが大学の必要と出願してきた生徒の志向性とのマッチングを判定するというのが大雑把なイメージです。日本でも1990年に慶應義塾大学が始めて、現在では広く定着しているAO入試(総合型選抜)の元祖ですね。もっとも、日本の AO入試はアメリカとはずいぶん違いますが...  

 

たった今「大学の必要」と言った内容は大学によって千差万別です。学業優秀な学生が欲しいというだけではなく、学生の出身地域をもっと広げたいとか、黒人の学生の割合を高めたいとか、人文科学志望の学生を増やしたいとか、野球チームのピッチャーが欲しいとか、いろいろあります。

 

ちなみに、最近話題になっている佐々木麟太郎さんがスタンフォード大学に入学したというのも、このような「マッチ」があったということです。スタンフォード大学が求めていることの一つないしいくつかと、彼の能力、適性、希望がマッチしたという風に考えると良いと思います。

 

これも余談ですが、スタンフォード大学出身の野球選手というと、松井秀喜が在籍していた当時のヤンキースにいたナックルカーブの使い手、MLB通算270勝のマイク・ムシーナ投手(Mike Mussina)が思い出されます。ご参考までに Youtube ビデオを...:

Mussina K's 10 over 8 innings in 2001 WS Game 5 (MLB)

 

さて、アメリカの高校生のもとに届くダイレクトメールですが、これは、彼らが SATなどを受験するとその記録が運営主体(SATの場合はカレッジ・ボードという(一応)非営利団体です)の手に入ります。この名簿を各大学が自分のところの必要と予算に応じて何名分とか買います(もちろん、受験者は自分の名前がこのように売買されるのを拒否することもできます)。それで届くというわけです。eメールの場合はこれとは違って、大学が日本で言うオープンキャンパスやHPへの訪問を通じて独自に入手した相手に案内を送るというルートもあります。いずれにせよ、ここで行われていることは企業がやっているマーケティングと同じです。先に書いたように、大学側にはこのような商業化を敬遠する風潮もあったのですが、ビル・ロイアルの戦略は見事にハマり、彼の会社と契約した大学の志願者獲得増、そして知名度やランキングの上昇につながりました。

 

また、アメリカの大学はアドミッション・オフィサーを各地の大学に派遣して、そこで高校生対象に説明会を開催したり、高校側の進路指導カウンセラーと連携をとって良い学生を推薦してもらったりもします。そういう意味での「リクルート」活動もあります。(上に書いたセリンゴの本でも、また、以前ご紹介した本、Jacques Steinberg, The Gatekeepers: Inside the Admissions Process of a Premier College, Penguin Books, 2003, にもかなり詳しく書いてあります。「AO入試とアドミッション・オフィス」

 

日本の場合、このような「リクルート」活動はまだ広まっていません。でも、いずれは広まるのかもしれません。それと並んで、アメリカ式の元祖AO入試というか入学者選抜のような形に世界的には移行しているので、1点刻みの学力試験も、無くなるかどうかまではわかりませんが、減っていくのでしょう。

 

英単語の話からずいぶん外れてしまいましたが、カタカナ語には(まだ)入っていない recruit の意味、おわかりいただけたでしょうか。