Beate Sirota Gordon, The Only Woman in the Room: A Memoir of Japan, Human Rights and the Arts (University of Chicago Press, 2014)

『1945年のクリスマス:日本国憲法に「男女平等」を書いた女性の自伝』(平岡磨紀子訳, 柏書房, 1995)

 

ん、日系の方かな、と思うかもしれませんが、シロタさんは城田さんではなくてユダヤ系の Sirota さんです。ナオミ・キャンベルというモデルさんがいましたが、このナオミも直美さんではなくてヘブライ語から英語に入ったお名前です。

 

それはさておき、ベアテ・シロタ・ゴードン(1923-2012)は22歳の時にGHQの一員として日本国憲法の起草に携わりました。女性の権利等の条項(たとえば第24条)を盛り込むのに尽力された方です。その後は日本をはじめアジアの文化を世界に広め、東西の架け橋となるべく活躍されました。

 

彼女はキエフ出身で国際的に著名なユダヤ人ピアニスト、レオ・シロタと妻アウグスティーネの娘です。両親はロシア革命のユダヤ人排斥を避けてオーストリアに移住していて、ベアテはそこで生まれました。彼らはレオのコンサートを聞いた山田耕作(「赤とんぼ」の作曲で有名)の招きで1928年に来日します。当時のヨーロッパはヒトラーの台頭でユダヤ人が住みにくくなっていたこともあり、結局レオは東京音楽学校(現東京芸術大学)の教授になって日本にとどまりました。ベアテは日本で育ち、太平洋戦争勃発の直前にアメリカの大学(カリフォルニアの Mills College)に進みますが、両親は戦時中も日本に残りました。

 

両親が(当時の)ロシア生まれでオーストリア在住であったことなどもあり、ベアテは幼少より多様な言語に親しんでいました。ロシア語、ドイツ語、フランス語、英語、そして日本語など。それで、大学在学中からアメリカの戦時情報局などで日本語ラジオ放送の翻訳などもしていたのですが、終戦後、日本にとどまった両親の行方を探し出して会うために日本語関係の仕事につき、GHQのスタッフとして来日します。自伝の邦訳版タイトル『1945年のクリスマス』は、この来日での両親との再会のことです。英語版のタイトルは、1946年2月に、新生日本の憲法案を1週間で作れとマッカーサーから命令が下って、いくつかに分けられたグループの1つに配属されたベアテが、そのグループ唯一の女性だったので、女性の権利についての案を引き受けたというエピソードに基づいています。ちなみに彼女はその時22歳でした。

 

彼女は自分が育った日本に愛着を持っていました(なので、アメリカにいて日本の敗戦のニュースを聞いた時には複雑な心境だったそうです)が、戦前の体制下では市民の権利や個人の尊厳、特に女性の権利の意識が皆無と言ってよかったことに問題を覚え、これを盛り込もうと努めました。焼け野原の東京であちこちあたって、各国の憲法(たとえば「ワイマール憲法」)を集め、短期間で草案を書き上げました。女性の権利以外にも市民の権利をできるだけ具体的な形で盛り込もうとしたのですが、大枠を規定するという憲法制定の趣旨に合わないということで、彼女の案はほとんど削除されてしまい、かなり悔しい思いをしたとあります。(彼女が手がけた草案など、Wikipedia「ベアテ・シロタ・ゴードン」にかなり詳しく書いてあります。)

 

戦後はアメリカでアジア文化の普及に努め、Japan Society や Asia Society で活躍します。シロタ家は、戦前から、家族のつきあいで山田耕作をはじめ芸術界のみならず政財界との人脈がありました。たとえば、かなり日本と関係の険悪になっていた時期にアメリカで就学するためのビザを取得しようとしたとき、身元の保証をアメリカ大使館と掛け合ってくれたのは広田弘毅です。戦後も、市川房枝が訪米したときの通訳を務めたり、友人のオノ・ヨーコに頼んで子どもをビートルズのスタジオ録音に同伴させてもらったり、その人脈の広さには驚くばかりです。(自伝にはそのような写真もたくさん収められています。)

 

しかし何よりも、私たちがあたりまえの権利だと思っていることを、苦労して憲法に盛り込んでくれたことを忘れないでおきたいと思います。自伝(原著)は200ページに満たないですし、たいへん読みやすい文章なので、日本の歴史を知るのでも、憲法が作られた経緯とその意味を知るのでも、英語の勉強でも、読むべき1冊だと思います。

 

日本国憲法

第二十四条 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

② 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。