入江昭という歴史学者について、以前ご紹介しました(「入江昭『歴史を学ぶということ』)。若い頃にアメリカに渡って勉強し、ハーヴァード大学でアメリカの歴史をアメリカ人に教え、アメリカ歴史学会の会長も務めたすごい人です。

 

今回ご紹介するのは、こちらもまた著書について以前書きました(Ronald Takaki, A Different Mirror)、ロナルド・タカキというハワイ生まれの日系の歴史学者です。

 

 

Ronald Toshiyuki Takaki (1939-2009)

写真は Catherine Geniza Choy, "In memoriam, long overdue, Ronald Takaki (1939-2009), Historian, Teacher, Public Intellectual," <i style="font-style:italic;">Perspectives on History</i>, the American Historical Association, April 28, 2023 から拝借しました。

 

長らくカリフォルニア大学バークレー(U. C. Berkeley)で教え、民族研究(ethnic studies)を専攻領域として確立し、現在ではあたりまえになっている多文化主義的な歴史研究・教育の先駆となった、歴史学にとどまらず広く社会科学・人文科学に貢献をした学者です。

 

ハワイで育った頃には学者になるとは夢にも思わず、サーフィンに明け暮れていたそうですが、高校の先生の勧めで本土の大学(the College of Wooster)に進み、その後 U. C. バークレーの大学院で奴隷制の歴史の研究で学位を取得しました。バークレーに入学したのが1961年、ちょうど公民権運動の時代です。あとでご紹介するインタビューで、Takaki 教授は当時キング牧師のヴィジョンに触発されたと言っていますから、そういう時代背景もあるでしょうし、そもそもハワイで色々な国から来た人たちに囲まれて暮らしていたという生い立ちもあって、マイノリティの歴史に目を向けたようです。

 

Takaki 教授は学位取得後、カリフォルニア大学ロサンジェルスでアフリカ系アメリカ人の歴史を教えたのちに、バークレーに移りました(当時はまだ黒人の学生は多くなかったと思うのですが、白人主体の学生は、黒人の歴史のクラスに行ったらアジア人が教えていて、さぞびっくりしたことでしょう)。ちょうど1969年の学生紛争から民族研究への要望が高まっていたこともあって、彼の専門がマッチしたようです。その後、民族研究学科(the Department of Ethnic Studies)の学科長を務めていた間に、これを学部の専攻領域の1つにすると同時に、アメリカ人学生の視野を広めるために、卒業要件の1つとして多文化に関する内容を含んだ科目を履修しなくてはならないという要件を加えたそうです(以下にご紹介するインタビューでも話題に上っていますし、次の記事にも出ています:Elaine Kim, "In Memoriam: Ronald Takaki, Professor of Ethnic Studies Emeritus, UC Berkeley, 1939-2009," 2010)。

 

写真を使わせてもらった C. G. Choy の記事には、Takaki 教授が優れた、人気のある教師であったことも書かれています:

 

Takaki was a popular teacher who emphasized the potential of critical thinking and writing skills as revolutionary tools. [...] His self-effacing humor and down-to-earth laugh, as well as his comparative and relational approach to the study of race and racism, captivated students. He won Berkeley’s Distinguished Teaching Award in 1981. 

 

このことはまた、下にご紹介するインタビューの語り口などからも見て取れます。

 

今、彼の著書の1つ Strangers from a Different Shore: A History of Asian Americans (Ward & Balkin Agency, Inc., 2012:改訂版) を読んでいます。タイトルにある通り、アメリカ合衆国へのアジア系移民のお話で、中国人、韓国人、日本人、フィリピン人、インド人などが取り上げられています。アジアからの船旅に始まって、各国民による違い(たとえば女性の割合など)、主な渡航先であった本土西海岸とハワイでの仕事や生活の違いなど、詳しく書かれています。この本を読み始めたとき、私はちょうどコロナにかかって、その初日に咳がひどかったので横になって寝られず、壁にもたれかかって座ったまま寝ていた(というかじっとしていた)のですが、船で太平洋を渡った人たちは、こういう感じで何週間も過ごしたのですよね... 私だったら生き抜けなかったかも、と思ってしまいます。こういう苦労は、もちろんヨーロッパから大西洋を渡った人たちだって同じなのですが、アジア系の場合は、到着後にヨーロッパ系の人たちよりもさらに厳しい差別や偏見と戦わなくてはなりませんでした。

 

Youtube には Takaki 教授とのインタビューがいくつかあるのですが、その1つ(Interview with Ronald Takaki, Western Ilinois University)でインタビュアーが「文化の多様性について理解や力量のある(culturally competent な)教師はどういうスキルを持っているべきか?」と質問しています。それに対して Takaki 教授は「認識論」(epistemology)と答えています(15分を少し過ぎたあたり)。認識論とは、"How do we know we know what we know? " の問題だと言っています。自分が知っていることについて、自分はそれを知っているとどうしてわかるのか、ということです。ソクラテス的な問いですね。知っていると思っていること、そういうものだと思っていることなどは、自分の限られた経験や、その経験の基礎にある文化的背景(歴史教育などもここに入るでしょう)に影響を受けるものです。だからこそ外国に行くとカルチャーショックを受けたりするのですが、そういうことを相対化して、果たして自分が正しいと思っていることは本当に正しいのかと問えることが、教師には必要だということです。

 

Takaki 教授の本は先にご紹介した Strangers from a Different Shore も含め、何冊か邦訳されています(例:ロナルド・タカキ『もう一つのアメリカン・ドリーム―アジア系アメリカ人の挑戦』, 阿部紀子・石松久幸 訳, 岩波書店, 1996)。どれも高い評価を受けている本ですし、親しみやすい文章ですのでそれほど肩肘張らずに読めます。ぜひ一度手にとってみてください。