26年前は、Jリーガーという仕事はなかったんですよね。 | 赤ちゃんから思春期の子育てまでトータルで応援する元保健室の先生のブログ

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● 26年前は、Jリーガーという仕事はなかったんですよね。

こんにちは! 三浦真弓です。

いよいよ、今週末がセンター試験ですね。

受験生の皆さん!頑張ってくださいねー。

このセンター試験時期になると、いつも思い出すことがあります。

先週の3連休で、決勝戦を行なっていた、全国高校サッカー選手権のことです。

私が高校3年生のときは、成人式近くの土日が、最後の共通一次(今のセンター試験ね)模試の日でした。

2日間のうちの日曜日が、全国高校サッカー選手権大会の決勝戦だったんですよ。

前年度優勝の、静岡県代表清水東高校と、東京代表の帝京高校の対決。

私は清水東高校の応援で!

模試は、ひとつひとつの教科の間が、本当の試験同様に50分近く空いていました。

なので、模試会場を抜け出して(え?)

どこか、近くに電気屋さんがあるはず〜と、詳しくは知らない模試会場(河合塾千種校だった)周りをウロウロしていました。

そして、10分近くウロウロした先にあった電気屋さんの店頭テレビで、始まったばかりの試合を応援しました。

間に合うように模試会場に戻り、最後まで受験して、帰宅〜。

その途中の公共交通機関・乗換駅にある、家電製品売り場にて、応援の続き(爆)

すでに、試合は終盤に迫っていて。

今はタレントになっている武田修宏選手が、清水東高校の1年生でレギュラーで、でも、1年生だからか、緊張のため、シュートを外す、はずす。。。

残念ながら、帝京高校の一瞬のカウンター攻撃で負けてしまいました。

その時、清水東高校のメンバーに、昨年までガンバ大阪で監督を務めていた長谷川健太さんがいて。

(当時はケンタくんとかケンタって呼んでたけど 知り合いでもないけど 笑)

彼は、日本にプロサッカーチームがない時から、

「将来の夢は、プロサッカー選手」

と言っていたんですよね。

(直接聞いたのではなくて、当時読んでいた、サッカーマガジンとかサッカーダイジェスト情報 笑)

その後、筑波大学に進学して、そこでも、サッカーをして、卒業してからは日産自動車へ入社して、そこでもサッカーを続けます。

大学でサッカーをしていた人の中には、その後、日本にプロはないし、実業団に入ってまでしなくても、いつまでやれるかわからないし。

という人、いくらでもいたと思うんです。

ケンタくんと同級生の大榎克己くんは、早稲田大学からヤマハに。

同じく同級生の堀池巧くんは、順天堂大学から読売クラブに。

この仲良し三人組は、大学を出てからも、実業団チームでサッカーを続けていました。

そうしたら!

1991年に、日本にもプロのサッカーリーグができたではないですか!

サッカー応援大好きな身としては、この三人が、サッカーをやめずに、実業団ででもプレイしていてくれてよかったと思いました。

そして、三人揃って、清水エスパルスに入団してよかったな〜って。

(なので、名古屋にグランパスエイトができようとも、清水エスパルスの応援という♪)

IMG_3996.jpg

(設立時のユニフォームだけど、また、これを着て応援に行こうっと!)

親は、こどもにとって、良かれと思って

「いつまでそんなことしているの?」

「夢みたいなこと、言っているんじゃないよ」

「もっと現実を見なさい」

ということ、あると思います。

もちろん、夢見る夢子ちゃんで、現実も見ず、努力もせずに、

「こんな風になったらいいなぁ〜」

なんて言っているだけだと、親も不安を感じて、いろいろ言いたくなることもあるでしょう。

でも、

26年前にJリーガーという仕事がなかった時代に、プロのサッカー選手になりたいと言えた人がいました。

そして、夢を諦めずに、努力し続けていました。

素晴らしいなと思います。

日本にはプロがなかったから、海外を想定していたかもしれません。

でも当時、日本人で海外でプロのサッカー選手をしていたのは、名古屋グランパスの監督になられた、風間八宏さんくらいだったかと。

今の小学生が大人になるとき、今ある半分くらいの仕事がなくなると言われるので、親としては、ドキドキしますよね。

何か、ちゃんと仕事につけるのかしら?って。

今ある仕事から選ばなくても良いんじゃないですかね。

サッカー少年ケンタくんだって、当時、

日本になかった「プロのサッカー選手になる」って思っていたんだから。

センター試験が近づくと、いつも思い出します。

自分が受験生のときに応援していた、清水東高校サッカー部のこと(笑)

そして、好きなことに磨きをかけて続けつづけた選手と、就職でプレーヤーではなくなった人の分かれ目は、何だったんだろうなーということ。

就職でプレーヤーを諦めた人は、Jリーグができたとき、どのように感じたのだろうかということ。

これらのことから、

親が、親自身の狭い視野で、子どもの可能性を狭めることはしないようにしたいなということ。

決して、Jリーグがなかった時代に、就職でサッカーをやめた人が、親の影響でやめたと言っているのではありません。

子どもが興味を持っていることを、どのように伸ばしていくことで、社会に役立つ大人になれるのか?

という視点で子どもを見守っていたいなと思います。

受験生の皆さんは、センター試験頑張ってくださいねー(*^o^)乂(^-^*)