人は誰でも足のサイズが違います。その足に、時代も社会状況も性格も、そして歩んできた、これから歩もうとする道が異なる他者の、借り物のシューズを履いても、ただ足を痛めるだけです。表層的なタイパ、コスパを重視した、そんな傲慢で横着な行為をいくら重ねても、決して幸せにはなれません。

 哲学するとは、数々の哲学的課題や難問に自分自身の頭脳を持って全力で挑み、自分自身が納得できる解を得ることにより、晴れ晴れした、実に爽快な気分を味わおうとすることです。

 それは時間をかけ、十分過ぎるほどの準備をし、最大限の勇気を持ち、自分自身を信じ、誰もが無理だと諦めていた前人未到の絶壁に果敢に挑み、やがては頂上に立つことができた悦びに似ているかもしれません。