しかし結語を書く前に、この小論考内で提示している「スポーツとは煩悩の象徴である」という仮説に関して少し解説します。

 その仮説を読み非常に不快な気持ちになり、この小論考を読むことを止めた方もいらっしゃるでしょう。また次のような感想を持たれている方もたくさんいらっしゃるかもしれません。

 

 ・私は中学校の体育の授業で純粋な気持ちでバスケットボールをしていた

 ・最近の柔道選手は武道精神を欠いている、だから金メダルが取れないんだ

 ・スポーツに関わるのは清く澄み切った心からだ。だからスポーツに関わる人はすべて美しい。特にチームスポーツは他者と連帯して人間の極限の能力を発揮しようとする荘厳な営為だ、煩悩などとは無関係だ

 ・私は心を穏やかにするためにストレッチやウォーキングやハイキングなどを楽しんでいる、煩悩などとは無関係だ

 ・私は他者のために役立とうとしてスポーツに関わっている。私はスポーツを心から愛している、私が愛するスポーツを悪く言うのは私の存在価値や尊厳を貶めるものだ、許せない

 

などの感想を持たれるかもしれません。