シマダノシマニッキ
あなたも私も、それぞれの死に際して想うことは、主に次の3点ではないでしょうか? 1.この世に生まれてきた私の役割や使命を十全に果たせたのか? 2.これまでお世話になった方々すべてに恩を返せたのか?他者のお役に立てたのか? 3.他者を無償で愛したか?すべての煩悩を浄化し、美しく死んでいけるのか? (前世と来世を信じる方は、来世に美しく生まれ変わることはできるのか?) もし死の1週間前までしか頭脳が十全に機能しないのならば(病死や衰弱死の場合)、それまでの時間が勝負ですよね。 死に向かってのグランドデザインの下(それが生きること)、毎日毎日上記3点を冷静慎重に確認しながら、その3点すべてに対して「はい!」と堂々と自信を持ち答えらえるように、つまりは一片の後悔も残らないように残りの人生を全力で奮闘しなくっちゃ。 私の場合は、ゴルフ、オペラ、トレッキング、国外旅行、お茶や陶器を愛でるなどして人生を大いに愉しむことが私の役割や使命なのではなく(当然、それらが役割と使命の方々もいらっしゃる)、「哲夫」と名付け、その名前を呼び続けてくれた方々のためにもただ毎日、頭から血を流して哲学すること、それが私に課せられた役割と使命、そして恩返しだと思い生きています。そして瞑想などを通じて、より美しくなりたいと願っています。 では次は「美しさとは何か?」をご一緒に哲学しましょう。
眠りながら、あるいは早朝に、また英語、スペイン語、ドイツ語などの語学学習を終えた午前中に、ランチの後に、夜の瞑想を終えた後に、そして深夜にと、どこかの時間帯でほぼ毎日2時間程度集中し哲学し、それをキーボードの上で指を動かし言語化していると、やがてアジナ・チャクラが痛くなり、残念ながらそこで哲学することを強制終了するのですが、こうして毎日真剣に哲学できることは本当に幸せなことです。 なぜならその間は、世界中で蠢いている煩悩の塊である下品な人間達、そして彼らの狂気的言動と行為を忘れ、その醜さから遠ざかることができるからです。そうです、正気を保つことができるからです。
あなたもよくご存知のように、「存在とは何か?」という問いは、哲学という学問が成立した古代ギリシア時代に既に発せられ、現在も、その問いに関心を持つ世界中のトップ哲学者達が解を得ようと奮闘している難問です。 よって私のような未熟な人間には、その明快な解を簡単に得ることができないのです。
『「スポーツと仏教」。』スポーツと仏教~ブッダの視点からスポーツを眺めると何が見えるのか?~ameblo.jp 先日も書きましたが、存在、実在、「関わる」ということをテーマにした小論考はあと1か月、GW前にはアップできると思います。 ボリューム的には11~12月に書いた「スポーツと仏教」と同程度になりそうです。
先日、友人に誘われ約6年ぶりにゴルフのトレーニング施設にお邪魔しました。 125球をスイングしただけですが、まあまあの出来で、何より前後の打席の方々にご迷惑をかけなかったことが嬉しかったです。 あと2~3回その施設でトレーニングをし、来月はその友人とどこかのゴルフコースでプレイしましょうかね? ゴルフ復活のおかげで、月別の年間アクティビティがほぼ埋まったかな?
ここ最近、ある目的のためにオペラに関するリサーチをハードにしています。 特に、ベッリーニの「ノルマ」、ワーグナーの「ジークフリート」、ロッシー ニの「アルジェのイタリア女」は様々なソリスト(歌手)、指揮者、オーケストラによるCDを真剣に拝聴しています。 あと2か月間で、可能な限り様々な作曲家のオペラ作品を拝聴します。いつか初台にある新国立劇場の会員になっていたりして。でもプラハに4日間ほど滞在するのもいいよな?
その仮説を証明するためのメモを数日前から、ウンウンと唸りながら書いています。後日、公開できるかもしれません。是非、公開したいものです。 そろそろ春になりそうなので、ウキウキした気分で、あなたも私とご一緒に哲学的な冒険をしてみませんか? 大きなテーマは、「実在」と「存在」です。 あなたという「実在」と、例えば「90年後の今日、軍事クーデターを起こす熊型AIロボット達」、「まだ未発見のX銀河、Y星」、「天国」、「桃源郷」(ユートピア、シャングリラ=shangri-la)という「存在」の違いは一体何か?ということを是非ご一緒に哲学しませんか?
ドイツの哲学者、マルティン・ハイデガー(1889-1976)が、「存在と時間」(Sein und Zeit。1927年初版※)の出版時から終生問い続けた「存在の意味への問い」、その解(答え)のひとつが今日、2月26日の朝に見つかったかもしれません。 その解は、「関わる」というものです。※来年で出版100周年、1世紀前の古典なんですね。
そして実は今朝、私にとっての「2・26」が起 こったのです。 気分としては、アルキメデスの「エウレカ!!」(英語ではeurekaユリーカ※)だったのです。 ここ1週間ほど、そしてここ数日間哲学していた「関わる」、その新たな概念が稲妻のように閃いたのです。※古代ギリシア時代、イタリア シチリア島シラクサ生まれのアルキメデスが入浴中に浮力を発見し、悦びのあまり、裸のまま「エウレカ、エウレカ!!」(「わかった」「我、発見せり)と叫びながらシラクサの街中を走り回ったという伝説。
承 前※1当時の陸軍皇道派将校と兵士約1,500人による軍事クーデター。3日後の29日には鎮圧されましたが、多数の死傷者、事件後の死刑者を出しました。この事件は多くの小説、映画、ドキュメンタリーなどで知ることができます。まだ「関わっていない」方は是非この機会に。※2この事件をより詳しく知るためには、名著「中村屋のボース」(白水社、2005年)で鮮烈にデビューされた東京科学大学 中島岳志教授の「血盟団事件」(文藝春秋、2013年)も参考になるかもしれません。
随分眠ったと思い、枕元のスマホで日時を確認する。 2月26日 6:50か? あ、そうか?今日は2月26日か? そういえば90年前、1936年の早朝から、「二・二六事件」(※1)が起こったんだなぁ。 あの事件は、「満州事変」(1931年)、「五・一五事件」(1932年)(※2)の後に激化した陸軍内部の対立から起こり、事件後には「思想犯保護観察法」が創られたんだよなぁ。
夢を見ている時には、それが夢だとは一切 思わない。あくまで「いま」起こっているリアルな世界だと思っている。だから目覚めなければ、人は永遠に夢の中に生きる。それが夢「だったんだ」と初めて分かるのは、目覚めた時だ。 同様に、何かに無我夢中になっている時には、私が何かに「関わっている」などとは一切思わない。「関わっていた。そしてまだ関わっている(離反も含めて)」と認知できるのは、息を吐き立ち止まり、意識の矢印を、その関わりの対象から外した時だ。
そしてもっと驚くのは、この街のどこかにある隣合う2軒の家か ら、一時は同じプロ野球球団に所属していた日本を代表するプロ野球選手2人が生まれたことです。 彼らは2歳違いで、共に伊部小学校、備前中学校を卒業し、同じ野球クラブに所属していました。 そのひとりは、来月3月5日から始まるWBCで、また大活躍されるであろうLAドジャースの山本由伸さん(現在27歳)、そしてもう一人は、オリックス・バファローズの頓宮裕真さん(29歳)です。 ああ、この街は何という奇跡的な街なのでしょう。駅前には小さな文字で書かれた山本由伸さんという文字と彼の小さな写真のポスターが控えめに1枚だけ静かに貼られていました。
JR伊部駅を背にして、桃蹊堂さんを左側に見ながら真直ぐ300mほど北上すると旧道にぶつかります。その旧道は幅約10mで、東西に延びた約800mの間に20店ほどの備前焼の陶器店があります。 そしてそれらの陶器店の、おそらくは陶芸家のパートナーであろう女性が佇むレジ横を抜け、奥に入ると工房(陶芸場)があり、さらにその奥には登り窯と煙突があるのでしょう。 ここは実に特異な通り、特異な街です。私がここを訪れた日は日曜日の午後でしたが、お店の人を除くと、1時間で出会った人は10人にも満たなかったのです。何と静謐で贅沢な通りなのでしょう。鉛色の冬の日曜日の午後、その静謐な街にしみじみと感動しました。
そういう意味では、「関わる」とは、まずは何かを契機として、AとBがお互いの志向で引き寄せられる。またAとBはお互いの存在をまったく知らず、永遠に関わることがないことも含みます(ただしこの場合は関わるという関係が一切生じないため無視します)。 次にAとBが相互に干渉や影響し合った結果、差異を持った二元論的関係が溶解してひとつになる、あるいは離反する(もう関わらない)、もしくはそのいづれでもない(緩く関わる)。 そして最終的には、融合と離反という両端に置かれた2つのポールの間で、様々なグラデーションが生じてきたことに気づく。そのグラデーション(変化と変容)を、これが「関わり」だった認知として初めて「関わり」が生じる。 そのような「関わる」という概念を読み替えていくと、存在の根拠性が明らかになるのではないか? また、判断や選択基準、そして自由と規範の関係性、そして概念そのものの根拠性も明らかになるのではないか?私はそう直感・直観しています。 何かと何かが関わる、例えば私と備前焼作品(物)、私と備前焼の陶芸家(他者)、私と雨(現象)、私と明後日(時間)、私とブタペスト(場所、空間)、私とスポーツ(概念)、それらが二元論的に、ガチンコに正面衝突すると、激しい摩擦によって大きな音と熱が生じますが、それらが時間を掛 けて融合、あるいは離反していくと、そこからは音と熱が消え、ただ静寂だけが生まれる。その静寂こそが幸福感(苦が消える)を生み出すのだと思います。
その静謐な備前焼に、知る、見る・観る、触る、使う、洗うなどの行為を通じて「関わり続ける」と、備前焼のように真・善・美のバランスと調和を保ち、静寂の中に無我状態で生きたいと願う私の中に、備前焼がスッーと入り込んでくる、また備前焼の中に私が溶け込んでいく。 そうすると私と備前焼の対立が消え、その境界線が消失する(いわば主体と客体という古典的な二元論的関係が溶解する)。 結果、私と備前焼が一体化・合一することによって、根源的な安らぎと落ち着きを感じる。それが私が備前焼な好きな理由だと分析します。 もし私が無我的な調和や静寂さを望まないならば、備前焼には何の魅力も感じないのだと思います。いわば「啐啄同時」(そったくどうじ)ということです。
もう少し哲学的に書くと、備前焼と「関わる」と(※)、幸せになれる、だから好きなのだと思います。 素人ではありますが、私が直観・直感するのは、備前焼は真・善・美の3要素がバランスよく交わり調和が保たれている。土と炎、情熱と冷静さという相対立する要素が最強度に達したままでお互いを抑制し合って調和を保っている。その極限の動的均衡・調和が逆説的に完全なる静寂を生み出している。 ※「関わる」。私が最近、最大の関心を抱いている概念です。いつか省察をした後に、新しい概念が生まれると嬉しい限りです。
それはいわば、厚化粧をしないで素顔のままでパフォーマンスする。着飾らないミニマルファッションを 好む。素材の良さを徹底的に生かすために余計なことをしない料理を提供する。己の拳だけを信じて、ただ独り静かに屹立して生きていくなどと同様の、上書きや虚飾性(ごまかし)を拒否する勇気、潔さ、覚悟、さらに私を超克しようとする気概と気魄(我慢に我慢を重ね強い自制の下に私、エゴ、作家性などを消す)、それらの凛とした強度を私は備前焼に感じます。そしてその強度を成立させている卓越した知識と技術、強い忍耐力などに強く感動します。 そのような備前焼の作品自体と、それらの作品を生み出す陶芸家(工芸士)という2つの引力が私を強く惹きつけます。そこに憧れ、感動、共感する、だから私は備前焼が好きなのだと思います。
備前焼は、「日本六古窯」(ろっこよう※)のひとつで、「釉薬」(ゆうやく=うわぐすり)を使わず、絵や文字や模様などを描かない、だからほとんどの作品が、日本で多く見られる土の色、黒茶色をした単色作品である。 そして、ただ土を掘り起こし、それをこね、練り上げ・回しながら作陶し、それを松などの木材を焚き(桃蹊堂さんの場合は1日1トン使用)、約2週間、1200~1300℃の窯の中に入れる(桃蹊堂さんは1日3交代で12日間連続で窯を管理する)。 そうすると、登窯の中の置き場所、炎の向きと強度、灰の付着などによって、単一な黒茶色が様々な色や模様に「窯変」する。 ただそれだけの非常にシンプルでプリミティブな、しかし非常に抑制的で集中力を要する作業によって生み出される陶器、土そのものだけで出来た、実に陶器らしい陶器が備前焼だと私は思っています。※瀬戸焼、常滑焼、越前焼、信楽焼、丹波焼、備前焼
卓越した審美眼、また陶磁器に関する諸知識やさまざまな経験(作陶経験も含めて)をほぼ有していない私が備前焼を好きなのはなぜか?大変生意気なのですが、せっかく哲学したので、その理由を少し書きます。