こんにちは。
外房で暮らすサラリーマン17回生です。
幼稚園の年長になる息子と会社経営をしている妻と、ロシア🇷🇺系猫と田舎暮らしをしています。

不登校ビジネスが流行っている。
そんなニュースを見かけました。

そして、その内容は如何に学校に早く戻すか。
だと言うことです。

一日ても他の大多数の子達と同じように我が子も学校に通って欲しい。
そんなご両親、お母さんの想いに如何に応えるか。
それがリターンザスクールになるんですね。
分かりやすい成果ですから。

でも、戻されたお子さんは、大丈夫なのかな?
と思ってしまいます。

本当に問題は解決したの?
心に受けた傷は修復できたのかな。。

中途半端で戻ると、また自分が苦しくなるんじゃないかな。

うちの子も去年は幼稚園の年中さんでしたが、幼稚園が嫌で泣いて泣いて、数ヶ月幼稚園に行かない日が続きました。

僕は東京まで出勤、妻も家でセッションがある。

仕方がないので、一人でタブレットを観たり、ラジコンやブロックで遊んでいました。

すると、ある日大人のような言葉を使うようになりました。
それは必然的におかしいんじゃないの?など。

YouTubeを観ていて自然と習得していたそうです。
悪い言葉も試聴時間と比例して増えていくので、困りものではありますが、語彙力がつくのは頼もしいなと感じています。

そして、今年からは最初は泣きながらも、徐々に行けるようになり、今ではお友達と毎日鬼ごっこをしたり昆虫採集をしたりと様々な遊びをしているようで、延長保育に次の日もして!とまで言うようになりました。

もし、去年行きたくない時期が続いていた時に、無理に幼稚園に行かせていたら今頃どうなっていたのか。
それは誰にも分かりませんが、またぶり返していた可能性もあったと思います。

親としては一人でタブレットとおもちゃを相手に遊ぶより、外でお友達と元気に追いかけっこをしていてくれる方が正直ほっと安心できます。

しかし、それはあくまで本人の自主性から生まれるものであると言うことは理解しています。

自分からみんなと遊びたい、お友達との時間が
楽しい、もっと一緒にいたい。
そう思える瞬間こそが何よりも大切ですよね。

だから、僕は自分自身も、子供もそうであったように時間の制限を設けることなく、待ち続ける。

本人がどんなきっかけで自主性が芽生えるのか。
それは分かりませんが、それをじっくりと待つ。

そんな教育環境があってもいいのではないか。

空や雲を眺めるのが好きな子は、天文学や気象学に興味があるのかもしれない。

あとは、そっと背中を押してあげられるような大人の存在があればいい。

それには知識ではなく、知性が求められる。

既存の事実を伝えるだけではなく、そこから導かれる未来を伝えていける存在であって欲しいから。

大切なのは、与えたり伝える事ではなく、共に歩み、共に生きるという理念なのではないでしょうか。

晴れた日に山や里でシートを広げて新米のおにぎりを頬張り、お茶を飲み交わしながら、桜の花びらを愛でたり、新緑に染まりつつある木々の移ろいの速さに目を向ける。

それだけでもこの地球の自然科学の扉に立っているのだから。

僕だちは本当の学問の在り方に立ち戻っていく。

そんな生き方、やり方があってもいい。

そう願っています。