最終回:アレス〜爪のない女〜最終章【長編小説】 | 林瀬那 文庫 〜あなたへの物語の世界〜

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作家の林瀬那です。

私が
描いた物語を載せてます。

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「 アレス ~爪のない女 ~」 

   ◇◇ 最終章 ◇◇ 

 

「アレス~爪のない女~」第20章の続き

 

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「きれいなネイルですね」

「あ、ありがとうございます」
私はネイルを褒められてお礼を言った。


「こういうのって、

爪が短くてもできるかしら」
「できますよ。

そういう方も多いらしいですよ」

「似合ってる」
女性がお世辞ではなく、

興味津々に聞いてきてくれたのが

伝わってきたので、
「ネイリストの友達のセンスが

いいからです。伝えときます」
と答えた。

 



私は、ショートカットの女性と

テーブルを挟んで座りながら

話しをしていた。

高瀬さんは挨拶と書類のやり取りで

奥の部屋で違う人と話しをしているので、
私の相手を女性がしてくれていた。




「いいな。私は、アレスの手入れで、

今は爪は伸ばせないから」
と女性が言うので、

私は耳を疑い、聞き直した。



「え?ごめんなさい、アレスって。

アレスの手入れって、何ですか?」

「あら?知らなかったんですか?

今日は

アレスに逢いにいらしたんですよね?」

「え?」
と戸惑う私に女性は優しく笑って答えた。


「アレスは、馬の名前です」

「馬?」

「そうです」



その時ちょうど高瀬さんが戻ってきた。
「お待たせ」

戻ってきたと同時に女性は立ち上がり、
「では、行きましょうか」
と私達を他の場所に案内してくれた。





売れない画家だった松平正之助は、

東京に上京してすぐに
練馬区にある馬術の馬舎の掃除や

馬の世話をするアルバイトをしていた。

その時に描いたと言われる

「アレスシリーズ」は

今や日本を代表する絵画となった。


パリで高く評価され、

その後、世界中から注目された

馬舎の掃除をしていた時に描いた作品、
通称「アレスの時代」のものは、

どれも10億はくだらないと言われている。

  

 



薄暗い馬舎の中に

借りた長靴を履いて歩いて行くと、


「あれが、アレスです」
と女性が嬉しそうに、

私に振り向いて言った。


「え?」


指を指した方向に、親子の馬がいた。


私の目の前にいたアレスは、

生まれたばかりの

小さな小さな子馬だった。

 



「つい2週間前に生まれたばかりで」

馬舎の中に

うっすらと光りが差し込んでいて、


差し込む光を浴びたアレス親子は

まるで絵画のようだった。



「アレス」
と私が呼んだ時、

アレスがこちらを見た。

真っ黒な黒目が、愛らしく

そしてまだ弱々しく、

純粋無垢な眼差しだった。



あの絵のアレスを思い出した。



子馬のアレスは、

母親に寄り添うように佇んでいた。



「うちにはね、

ずっと代々アレスがいるんです。
アレスは、
まだ生き続けてますよ」
と女性が小さな声で教えてくれた。

「そうなんですね」



「私の父が、

ずっとここの馬舎で働いていたんです。
父が亡くなってから

そのままにしていた父の遺品の

整理をしていたら、
沢山の馬のデッサンがでてきて。

それで思い出したんです。
昔『売れない画家とずっと一緒に働いてた』

って言ってたなって。
その人は仕事の合間にいつもいつも

馬のデッサンをしてたらしくて、
上手いから褒めたらすごく喜んでたって。

上手いのに

なんで有名になれないんだろうって。
あれだけ実力があれば

そのうち有名になるかなって、
父がよく言ってました」


「はい」
私は、私の知らない

しょうちゃんお姉さんの残像を
古い映写機で見るような不思議な感覚で

話しを聞き続けた。


「父とね、

その人の個展に行ったこともあります。
今思えば、最初で最後の

松平正之助さん自身が企画した個展で、
銀座のはずれで行われたんです。

小さな個展会場で。
その頃は、

まだまだ世間では無名だったから

お客さんも私達だけで。

その時にすごく優しくしてくれて、

私とても嬉しかったんです。
もしかしたら私の中に、

あなたの面影を見ていたのかも

しれないですね。
そのうち少しずつ有名になっていって」

「そうだったんですね」

「私も父が亡くなって、

なんかいろいろ思うこともあって。
私もともとは

ペットショップで働いてたんですけどね
今はなぜか父と同じ仕事をしてます」

「そうでしたか、すごい決断ですね」

「いろいろありますが、馬はかわいいです。
飼われていく
ペットの面倒よりも

ずっと楽しいし、やりがいがあります。
高瀬さんからあなたのお話をお聞きして、
ずっとお逢いしたいと思ってたんです。
だから、今日わざわざお時間頂いて」

「そうだったんですね」
私は、

つかず離れずの距離にいる高瀬さんを見た。
高瀬さんは軽くうなずいた。



そして女性は
「アレスの絵の人って、

きっとあなたたち親子ですよね」
と嬉しそうに私に言った。

「え?」

「初期の頃の作品見たことないですか?
広い草原に小さな女の子の親子3人がいる絵。
女の子は赤い服を着てるんです。
手には何か白いぬいぐるみみたいな物を

持っているんです。


で、高瀬さんから見せてもらった
あなたの一家の写真を見て

ピンときたんです。
あの絵にそっくりだったから。

個展に行った時にその絵があって、

私、すごく印象に残ったから

その時にご本人にお聞きしたんです。
そしたら『私の理想の家族だ』って

幸せそうに言ってました。

だから、なんか微笑ましくて」


「そうだったんですね」
私は泣きそうになった。


「それで、アレスが生まれたから、
あなたにどうしても

お見せしたくなったんです」

 


彼女は優しく微笑んだ。
「泉さん、

アレスは今日も、こうして生きてます」

「はい」
私は、溢れ落ちる涙をぬぐった。




私は、

アレスのことを

何も知らなかったけれど、
子馬のアレスを見ているだけで、

なぜか涙が溢れ出てきた。


悲しくもないのに、涙が溢れてきた。


アレスが、輝いて見えた。



そして、生きることが、

とても尊いものに感じた。

 



生きたいのに生きれない人、
生きることに絶望している人、
沢山の命や人生の中

こうして命を授かり、

生きている事実がある。





アレスのいる馬舎から外に出て

私はひとり、馬場を歩いた。


横にある木々は、桜の木だった。

光が差して、馬場の風景は、

更に深みを増した。




私には何もないなんて、
嘘だった。



私には多くの愛があった。
  

 


お金では、

とうてい手に入れることのできない
私にしか知りえない、

味わい深い愛という財産があった。



私は、やっとそのことに気がついた。

 


そして、そう思うと

不思議と心が満たされるようだった。




見上げた桜の木は、枯れ木のようで
まだしばらく、

咲きそうにもなかった。


桜が咲くにはまだ早い季節だけど、
私は

枯れ木のような桜ですら

美しくて仕方なかった。




あのドラマのエンディングで、
フラワーシャワーを浴びて

ヒロインが笑っていた時も、
もしかしたら

桜が咲いていたのかもしれない。




あの日、

岸田さんが血だらけの手で
私の手を握りながら言ってくれた言葉が、


ことあるごとに、

あれから何度も何度も

頭の中に繰り返されていた。




満開の桜が風で美しく舞うように、
私は

人生を愛しはじめていた。



そう、

どうしてなのかはわからないけれど、
不思議と私は、

 

私自身の人生を、愛しはじめていた。


今までよりも深く、

更に深く、愛しはじめていた。


それにようやく、

気づくことができたのかもしれない。

 





「お待たせしました」
振り向くと女性が、

アレスを連れて来てくれていた。


私は、そばに寄り、

アレスに挨拶をした。


「触っても大丈夫ですか?」

「もちろんですよ。どうぞ」




触ったアレスは、とてもあたたかかった。



「アレス。生きててくれて、ありがとう」


桜の手前で

私は、そうアレスに告げた。





その時に、風が吹いた。


まるで、

満開の桜が舞うのが見えるような

不思議な感覚で

 


一陣の風は

とてもまろやかで、

 

全てを優しく

包み込んでくれるようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

終わり〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い期間

ご愛読頂きありがとうございました。

この物語は一部を除きフィクションです。

 

私の大切な作品ですが

未完成なまま掲載した為

読みづらい箇所も多くあったと思います。

この場をお借りして深くお詫び致します。

 

また皆様の

大切なお時間を共有させて頂いたこと

心から嬉しく思っており

深く感謝しております。

 

 

 

私の2021年風の時代

最初のチャレンジが終わりました。

 

こちらをご覧の皆様に

ありがとうの意味を込めて

「アレス〜爪のない女〜」のあとがきを

桜が咲く前までに

こちらのブログに掲載致します。

 

いつも見守っていて下さり

本当にありがとうございます。

 

 

 

  愛と感謝を込めて 林瀬那より