13:アレス〜爪のない女〜 第13章【長編小説】 | 林瀬那 文庫 〜あなたへの物語の世界〜

林瀬那 文庫 〜あなたへの物語の世界〜

作家の林瀬那です。

私が
描いた物語を載せてます。

本棚から本を手にするように
自由に読んで下さい。

よかったら
コメント欄に感想書いてくれると
すごく嬉しいです。

「 アレス ~爪のない女 ~」 

   ◇◇ 第13章 ◇◇ 

 

「アレス~爪のない女~」第12章の続き

 

image

 

 

高瀬さんは、すぐに店に来てくれた。

アレスの絵画を確認し、

警察にも電話をしてくれた。

 

ちょうどそのタイミングで

岸田さんからも折り返しの電話があり、

滝本さんと岸田さんも

来てくれることになった。

 

 

そして、

高瀬さんは簡単に且つ分かりやすく、

ルビーさんに今回のことの経緯を

説明してくれた。

私が泣いてしまった事情も、

やっとルビーさんに伝わった。

 

 

ルビーさんに私が話しをしている横で、

高瀬さんが勝手に

オムライスを食べ始めていたので、

「いや、オムライス食べてる場合じゃ

ないですよ、私だって食べたいんだから!」

と文句を言うと、

「こういうのは、

あったかいうちに食べないと。ね?」

とまるで常識人のようなそぶりで、

ルビーさんに言った。

 

「せっかく作ったんだから、

泉ちゃんも食べて」

と言いながらルビーさんが、

お皿にちゃんと2等分してくれた。

 

「てか、このオムライス、

高瀬さんのじゃなくて、私のなんですけど。

お代は高瀬さんが払って下さいね!」

と文句を言いながらも食べたオムライスは、

あったかくて美味しくて、

なんだか懐かしい味がした。

 

興奮していた胸の鼓動が少し、

落ち着きを取り戻すようだった。

 

 

 

オムライスを食べ終わり、

警察が来るまでの間、店の鍵を閉めたまま、

私達は改めてその絵画を見ることにした。

 

 

高瀬さんが、

奥から絵画を慎重に取り出してくれ、

絵の裏側に、不自然に挟んであった

ベニヤ板を外した時、

大きな声をあげた。

 

「おい!見ろ!泉!」

 

呼び捨てにされたことに

カチンときた私は、

「もー!呼び捨てしないで下さい。

何回言えば分かるんですか!」

とイヤミを言いながら、

ルビーさんと一緒に絵の裏を覗き込んだ。

 

 

 

覗き込んだ油絵の裏側には、

私の祖父母の名前、両親の名前、

そして、私の名前が書いてあった。

 

 

そしてその下に、

 

「私の愛するFamily に捧ぐ 

たくさんの愛をありがとう 松平正之助」

 

と日付と共に太い黒文字のマジックで

力強く書いてあった。

 

 

私はそれを見て、

思わずまた涙が溢れた。

 

「お前の名前まで、

ご丁寧に描いてくれてたんだな」

そう言いながら高瀬さんが、

珍しく優しく微笑んだ。

 

「そっか、この絵の持ち主は、

今は泉ちゃんだったのね。

お互い通じ合ってたんだね」

と言いながら、ルビーさんが

そっとテッシュを差し出してくれた。

 

 

 

私の知っている松平正之助は、

とても可憐で、華奢で、

こんな力強い文字を書く人に思えなかった。

 

 

 

でもあの日、

私たちの間には、本物の愛があった。

 

 

しょうちゃんお姉さんの愛が、

痛いほどに胸に伝わってきた。

 

愛は存在したんだという、

揺るぎない真実をつきつけられ、

幸せすぎて、涙が止まらなかった。

 

 

 

「泉ちゃんのこと、

ここでずっと待っていたのね、きっと。

そう言えば、先代が酔っ払うと

よく言ってたなぁ。自分は、

本物の素晴らしさを知っているって」

 

「へぇ、そうなんですね」

 

「ええ。あと、売れない画家が

ここでアルバイトしてたってのも、

そう言われてみたら、

聞いたような気がしてきたなぁ」

優しく笑うルビーさんの横顔を

見ているうちに、

私は何かを思い出しかけていた。

 

 

 

 

 

「この絵は、私が最初に描いた大切な作品。

この後、価値がでるように私、

東京でがんばるから」

と、しょうちゃんお姉さんは、

よく笑いながらも真剣な表情で言っていた。

 

 

「もしかしたら、悪い大人が

この絵を探しにくるかもしれない。

でもこの絵は、

絶対に手放さないで下さい」

最後に逢ったあの日、

だからあの時

彼女は両親にそう言っていたんだ。

 

 

「いい?真実を見極めるのよ。

見かけに惑わされちゃダメよ。

泉ちゃん、大好きよ」

と言って、

あの日、彼女は私を強く抱きしめた。

 

彼女はいつも

私の頭を優しく撫でてくれた。

 

その優しい手の爪のネイルは

いつもキレイに美しくされていて、

彼女の内に秘めた美しさが

伝わってくるようで、

子供ながらにそんな彼女に憧れた。

 

私は自分もいつか大人になったら、

爪のネイルを彼女のようにしたいなと

思っていたんだった。

 

 

彼女は、よく

「こんな子が欲しいなぁ」

と私を抱きしめながら、

母に笑いながら言っていた。

 

「結婚なんて、無理ね私は」

と淋しそうに笑っていたのが、

印象的だった。

 

何も知らなかった幼い私は

「こんな優しいお姉さんは、

絶対に結婚できるよ」

と無責任に言っていた。

 

その横で母も父も、

「そうよそうよ。世界は広いんだから」

と彼女に笑いながら言っていた。

 

 

あの瞬間、

彼女がどういう感情だったのかは、

わからないけれど。

少なくとも、

あの空間は愛で溢れていた。

 

両親は彼女のことを、

人として尊重していたし

なによりも才能をたたえていた。

 

あの美しい手から繰り広げられる

彼女の絵画の世界は、

素晴らしい才能だった。

 

 

 

彼女の思いとは裏腹に

アレスは異様な程の高値がつき、

彼女の絵画は次第にフランスを中心に

ヨーロッパの諸外国で

評価され始めていた頃で、

アレスは高額で売買され

ザザビーズの競売でも

注目され始めた時期だった。

 

 

 

 

彼女は私達から

この絵が奪われることをとても恐れていた。

 

だから絵を、

上から塗り替えたふりをしたんだ。

 

 

 

そして

両親は、

この絵をここに隠したんだ。

 

 

アレス第1号の記念すべきこの幻の1枚

『エピソードゼロ』を。

 

 

 

 

 

「アレス~爪のない女~」第14章へ続く