14:アレス〜爪のない女〜 第14章【長編小説】 | 林瀬那 文庫 〜あなたへの物語の世界〜

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「 アレス ~爪のない女 ~」 

   ◇◇ 第14章 ◇◇ 

 

「アレス~爪のない女~」第13章の続き

 

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後日、

上野の帝国美術館の館長率いる

鑑定士の方々に、

発見された松平正之助さんの1枚目のアレスを

鑑定をしてもらうことになった。

 

私は高瀬さんと、高瀬さんが手配してくれた

私専属の弁護士さんとで会場へと向かった。

 

当日は鑑定士の人だけでなく、

松平正之助を長年研究し続けている専門家や

美術評論家、絵画修復士の方々と

とにかく日本でも有数の、

松平正之助さんに関する

プロフェッショナルが集まった。

 

 

 

 

会場に運ばれたアレスの絵画をみた瞬間、

みんな息を呑み、静まり返った。

 

そして、しばらくして

一斉に一同感嘆の声をあげた。

 

「うわー、本当に存在した!」

「この絵を、何度、夢見たことか!」

「これは!幻のアレスエピソードゼロ!」

「すごい、噂以上の美しい絵だ!」

「いや、それにしても素晴らしい」

 

みんな子供のように

口々に感想を言いながら、

興奮している様子だったので、

私も安心した。

 

「皆さん、お詳しいんですね。

あ、すみません、失礼でした。

専門家の皆さんにそんなこと申し上げて、

すみません」

と言うと、

 

専門家の方が冷静を取り戻すかのように

「この絵はね、

我々は写真でしか見たことないんです。

しかも絵の全景は写っていなかったので、

全部を見るのは初めてなんですよ」

と答えた。

 

「写真ですか?」

と私が聞くと、他の専門家の方が、

合いの手を入れるように答えてくれた。

 

「松平正之助は、大の写真嫌いでね。

唯一写真で残っているのが、

この絵を描いているとこなんだよ。

女装うんぬんではなく、

自分の容姿にコンプレックスがあった為

とも言われてるんだ」

 

「あぁ」

と言いながら、私は何かを思い出した。

 

「ほら著名人だと有名な写真あるでしょ、

坂本龍馬と言えばあの有名な写真のように、

松平正之助と言えば、この写真なんだ。

部屋中に所狭しとアレスの下書きが貼って

あってね、貴重な資料なんだよ」

そう言いながら、

一葉の写真を私に見せてくれた。

 

「この写真はね、

アレスの第1号を描いた際に、

当時にしては珍しく家で撮ってるんだよ」

沢山の知識を短い時間の間にしてくれ、

皆さんから、

画家松平正之助への愛と敬愛が

痛いほどに伝わってきた。

 

「この写真、撮ったのは、

きっと私の祖父です」

「おぉ!なんと!!」

みんながざわついた。

 

当時、まだ携帯電話やスマートフォンが

普及していない時代に、

祖父はよく写真を撮っていたと

両親から聞かされていた。

 

「祖父は趣味で8ミリや写真を撮っていて、

当時にしては珍しく

いいカメラが家にありましたから」

「あなたのお爺さまが」

「そうだったんですね」

 

「アレスの絵は、

元々祖父がお願いした絵だったんです。

絵の完成を誰よりも

楽しみにしていたそうです。

でも、描いている最中に、

病気で亡くなったので、

それでうちの両親が」

それを聞きながら、

みんな感慨深げに頷いていた。

 

「草野さん、

ひとつお聞きしてもいいですか?」

専門家の1人の人が、

私に改めて話しかけてきた。

 

「はい、なんでしょう?」

「松平正之助さん、

女装されてたんですよね?」

 

「はい」

 

「子供ながらに、変だとか、

気味が悪いと思わなかったんですか?」

私は首を横にふった。

 

「1度も思ったことありません。

松平正之助さんは身も心も、

美しい人でしたから」

そう、本心を伝えた。

 

質問した専門家の方は、

「そうですか、ありがとうございます」

と言いながら涙ぐんで続けた。

 

「私ね、今日は本当に感無量です。

長年追いかけ続けている松平正之助は、

やはり非常に素敵な方だったんだと、

確信しました。

だからこそ、絵にも表れた、

だからこそアレスシリーズは、

今もなお人々の心を打つんですね」

 

「このアレスの絵は、

松平正之助の絵画の魅力が

随所に感じられる。

そして、深い愛と叶わない夢への憧れと、

とにかくこの絵に関して記された

日記に書いてあったこと、そのものだ」

 

「この絵を、見つけてくれてありがとう」

みんな口々に優しい言葉をかけてくれ、

今日は泣かないと決めていた私は、

早くも涙が溢れた。

その空間は、幸せな時間そのものだった。

 

みんなアレスの絵の前で、

私と高瀬さんにいろんな説明をしてくれた。

 

それぞれの人の心の中に、

このたった1枚の絵が、

沢山の想いと思い出の狭間で

生きている感覚がした。

 

アレスシリーズは、

馬が軽やかに疾走しているものよりも、

立っていたり佇んでいる絵、

且つ、青味をおびたものの方が、

価値が高いとされていた。

 

 

 

「下世話な話しですが、この絵って、

いくらぐらいの価値なんですか?」

突然、高瀬さんが聞いてきた。

 

「もう」

私は軽く高瀬さんを睨んだ。

 

「絵の値段は価値がつけられないほどだと

称されていて、あのルーブヌ美術館も

探しているほどで、

一説にはこれはくだらないと言われてる」

と鑑定士さんは人差し指を1本たてた。

 

「1億ですか?」

「いやいや、その100倍」

 

「は?1億の100倍?」

私は計算したことない単位の数字で、

0が幾つなのかわからなくなった。

 

鑑定士さんは笑いながら

「100億円だよ」

と答えた。

 

「え!ひゃく、ひゃくおく?」

「紛れもなく、日本人画家で、

世界的にここまで評価のされている

実力者はいないからね」

 

「今はもう、

発見されていないアレスシリーズの油絵は、

どこにもなくてね。

デッサンは沢山残っているんだけど、

油絵自体は数多くはないんだ。

残念なことに全て海外に所蔵されていて、

肝心の日本に1枚もアレスの油絵はない。

だからある意味、

ゴッホのひまわりよりも

希少価値があるんだ」

「はい」

 

「そりゃあ、世界中のコレクターが

それほど出しても、手に入れたがる」

「オークションにかけられたら、

今ならきっとそれ以上の値が

つけられるだろうなぁ」

 

「闇のブローカーも存在している

という話しは、確かなんだ」

少し悲しそうな表情で教えてくれた。

 

「だから、、だからって」

私はその金額と引き換えに

殺された両親のことを考えると、

怒りと悲しみで身体が震えるようで、

強い憤りを感じた。

 

私の様子に気がつき、

高瀬さんが肩に手を添えてくれた。

 

今回の犯人にしても、

単なるお金が目的だったのだろうし、

世界中のコレクター達は

本当にこの絵を鑑賞したくて

探しているのか。

 

いろんな人の思惑を考えると

本当に胸が苦しく、悲しくなった。

 

この大好きなアレスの絵を、

そんな人達の手に渡したくなかった。

 

 

 

「これが日本の国のものになったら、

どうなりますか?」

私は、鑑定士さんに唐突に聞いた。

 

「売れば君は億万長者だよ」

「日本国内の美術館に、

必ず飾り続けることを条件に、

この絵を手放したら、

ちゃんと飾り続けてくれるものなんですか?」

 

高瀬さんが一瞬だけ、ポカンとした。

その横で鑑定士さんが首を傾けた。

 

「はい?寄贈するってことですか?」

「え、お前、100億円だよ?」

部屋にいるみんなが一斉に私の方を見た。

 

「この絵を巡ってもの、すごい数の人が

影で動いていたぐらいなんだよ」

と高瀬さんに言われたが、

私はお構いなしに、

聞きたいことを続けて聞いた。

 

「例えばですけど、

日本の国に寄付したらどうなります?」

「国民栄誉賞ものですよ」

 

「そんなものいらないので、

松平正之助さんが1番喜ぶことって、

なんなんでしょう?」

「ん?」

 

「松平正之助さん、

あの日言ってたんです。

いつか大きな美術館で

自分の個展をしたいって。

全部自分の作品で、

アレスシリーズを並べて、

やりたいって」

 

「はい」

「でも、今、アレスシリーズって、

世界中のあちこちの美術館にあって、

バラバラですよね。

しかも、なぜか日本の美術館には、

1枚も所蔵されてないんですよね?」

 

「ええ、いい油絵は、

全てヨーロッパや海外にあります」

 

「松平正之助さんが

画家として成し遂げたかったことを、

私はしたいんです。

やりたかったこと

やらせてあげたいんです」

 

「いや、でもいくらなんでも」

「私はそうしたいんです」

 

 

私はその場で、

松平正之助さんのプロフェッショナルな

皆さんと共に、

何がこのアレスの油絵にとって

最善なのか話しあった。

 

何度も専門家の先生方から、

高額のものなのだからと止められた。

 

なので私は

幼い頃出逢った女性の松平正之助さんと、

この絵をこよなく愛していた私の両親との

幸せな時間について話しをした。

 

 

 

本当は家の応接間に飾って

昔のように両親と一緒に観ていたいけれど、

私の両親は殺されて

もうこの世にはいなくて、

画家のしょうちゃんお姉さんも

亡くなってしまっている。

 

 

しょうちゃんお姉さんは

あの日、

画家になることを切に願っていた。

 

 

私も、

祖父も祖母も、

両親も、

ずっとそのことを願っていた。

 

 

夢が叶った未来がこんなだと

彼女が知ったら、

彼女はどんな気持ちになるんだろうと。

 

 

話しているうちに涙が止まらなくなり、

私はまるで自分が描いた絵のように

「この絵を大切にしたい。

そして、1人でも多くの絵を愛する人に、

この大切なアレスを心ゆくままに

鑑賞してもらいたい」

と、みんなに伝えた。

 

 

 

 

 

 

「アレス~爪のない女~」第15章へ続く