4:アレス~爪のない女~   第4章【長編小説】 | 林瀬那 文庫 〜あなたへの物語の世界〜

林瀬那 文庫 〜あなたへの物語の世界〜

作家の林瀬那です。

私が
描いた物語を載せてます。

本棚から本を手にするように
自由に読んで下さい。

よかったら
コメント欄に感想書いてくれると
すごく嬉しいです。

「 アレス ~爪のない女 ~」 

   ◇◇ 第4章 ◇◇ 

「アレス~爪のない女~」第3章からの続き

 

image



「こんにちは」
私はマンションのエレベーターの前で

大家さんに出会い挨拶をした。
大家さんはいつも

昼間に館内の掃除をしてくれていた。

「そうだ、草野さん宛てに、

大和急便さんからお荷物届いていたから、

またうちでお預かりしましたよ」

大家さんは、笑顔で私に話しかけた。

「え?私宛ての荷物ですか?」
大家さんは親切のつもりなのか、
勝手に荷物を預かったりすることがあるのが、

正直迷惑なところもあった。

「ええ、そうですよ。
大きな荷物だったから、
大和急便さん大変そうで、

ついまたお預かりしてしまいました」
私は資料を取りに家に戻ってきただけで、
家の近くの車に探偵の高瀬さんを

待たせていたので急いでいた。


「あー。いつもすみません。今ちょっと急いでて、

また近々取りにお伺いしたいんですが、

大丈夫ですか?」
「もちろんですよ。

うちのマンションは施工会社と揉めちゃってね。
宅配ロッカーを作れなかったもんだからね。

半年ぐらい置いておいても大丈夫ですよ」
「すみません、いつもありがとうございます」

「困ったことあったら、いつでも言って下さいね。
この前、フィアンセの方もいらっしゃってたし」
「え?ああ」

管理人さんは、
この前の夜に会った刑事の岸田さんのことを

私のフィアンセと勘違いしているようだったが、
刑事さんと説明するわけにもいかなく

話が長くなりそうだったので、私は話しを流した。

私は自分の部屋に戻り
必要なものだけを取って、

すぐに高瀬さんの車に戻った。
この光景をもし管理人さんが見ていたら
私は浮気者だと思われるのかなと、

ひとりで笑ってしまった。



私は高瀬さんと探偵事務所に戻り、

楓さんや新井さんも交えて
いろんな調べ物をしたり、
いろいろと話し合った。

事務所内は活気に溢れていた。


楓さんと高瀬さんが

パソコンを見ながら話し込んでいたので、
私と新井さんは、みんなで休憩をとる為、

その間にお茶の準備をすることにした。

新井さんが何か困っている様子だったので、
「どうかしました?」
と聞いたら、
「実は、携帯電話の充電が切れてしまって、

今日に限って充電器持ってなくて」
と言いづらそうに弱った顔で

私にだけこっそり教えてくれた。

人見知りなので、きっと困ったことを
気軽に周りの人に言えないんだろうなという

遠慮した言い方だった。

「それなら私、
充電用のバッテリー持ってるから、

よかったらお貸ししますよ」
「え?いいんですか?」
新井さんが、驚いて返事をした。

「もちろん!
確か私達、

携帯電話が同じ機種だったから使えるはず。
私、今日は大丈夫なんで、

今度返してもらえばいいですし」
いつも持ち歩いている充電用バッテリーを、

ちょうど使っていなかったので、

私は自分のバックから取り出し

新井さんに貸してあげた。

「すいません!ありがとうございます!今、
買ってこようかと
思っていたところだったので、

助かります!」
「若者は、携帯電話ないと不便ですもんね」
喜んでいる新井さんを見て、

前より少し仲良くなれた気がして

私も嬉しかった。


私達が用意したお茶を飲み
休憩を挟んでからも

事務所のみんなは、

とても真剣に取り組んでいてくれ、

今後の動きも決まりつつあった。

その間、高瀬さんから何度も
「とにかく、

なんでも思い出したことがあれば教えてくれ」

と言われたけれど、

私はこの前の夜に気づいたことは、

どうしても話せなかった。

バカげたことだと自分でも思ったので、

両親が亡くなって

頭がおかしくなったと思われるのが

関の山だと思い

さすがに高瀬さんに言えなかった。


「高瀬さん、思い出したことなら

どんなことでもいいんですか?」
「ああ、
どんな些細なことでも構わない。

もちろん秘密にしてほしいことは、

誰にも言わない」

と真剣な顔で言われ、私の心は迷ったけれど、
「はい、じゃあ
何か思い出したら言いますね」
と言いその場を流した。 

でもやはり

どうしても心の中で引っかかるのが気になり、
楓さんと新井さんが帰った後、

高瀬さんと2人きりになったので、
私は思い切って、

この前思い出した話しを高瀬さんにした。




私はこの現実世界を

いつか見たサスペンスドラマで知っていると。

ただ、同時進行でしか思いだせず

結末までは分からなくて分かっているのは、

この後、誰も死者が出ないまま
どうにかこうにか事件が解決することだけだった。

高瀬さんは半分本気で半分冗談で、

それでも真剣にただただ話しを聞いてくれた。

理解できない訳の分からない話しを、

高瀬さんなりに理解しようと

してくれているのが分かった。
ひと通り話しをした後、

私は高瀬さんに

念を押すようにしつこく言った。

「本当に嘘じゃないんです。

今、高瀬さんに話したこと、

意味わからないけれど本当のことなんです」

私が真剣に話しているのを汲み取ってくれたのか、

高瀬さんも真剣な顔で答えてくれた。

「お前が嘘ついているとは思ってないよ。

この前一緒にファミレス行った池山いるだろ」
「はい」
「あいつ実力あるのに、

全く会社で評価されてなかったんだよ。

なのに急に状況が変わってさ、

次の人事で昇進するかもしれないらしい」

「本当ですか?」
「池山自身が一番驚いてる。お前のこと

予知能力があるんじゃないかとすら言ってた。

それにあの時のお前、何かを思い出しながら

話しているみたいに見えたんだ」

 

「はい」
「だから、
お前の今の訳の分からない話し、

嘘だとは思ってない」
「信じてくれるんですか?」
「当たり前だろ!

依頼人を信じない探偵なんて、いる意味がない」

「高瀬さん、ありがとうございます。

私、高瀬さんに依頼して本当によかったです」
「そうだろう?
まあ、事件の解決の仕方を

覚えておいて欲しかったよなー。
そうしたら俺、楽できたんだけどな」
と高瀬さんは、

いつものように少しおどけながら伸びをした。
そのさりげない優しさが、ありがたかった。

「そうそう、前から思ってたんですけど」
私は思い出したように話しかけた。

「うん。なんだ?」
「お前って言うの、やめてもらえます?

そういうの今時モテませんよ」
「は?」
「私には、草野 泉という可愛い名前があるので」
「分かったよ、じゃあ、泉って呼ぶ?」
「いえ、泉さん。と呼んで下さい」
「ああ、分かった、分かった」
いつもなら楓さんが
私達の言い合いを止めてくれる

けれど、楓さんがいないので高瀬さんは自ら

折れてくれ、素直に私の言い分を受け止めた。

私は、変な話しをしても受け入れてくれたので、

安心して普段通りに接することができた。


その後、
探偵事務所で資料を整理しながら
「何度も聞いて申し訳ないが、

ご両親が亡くなる前に不審なことや、
いつもなかったことが起きたりしてないかなぁ」
と言われたので、

私はふいに思い出したことを話し始めた。

「多分、事件とは関係ないと思うんですけど、
両親が亡くなる少し前に、

変なことがあったといえば

知らない画商さんが実家に訪ねてきて、

『アレスを知らないか?』って言って来たんです」

「うん、確か警察でもその話ししてるよね」
「はい。たまたま私が
実家に帰省していた時

なんですけど、私それ意味が分からなくて。

で、両親に聞いたら、『ああ、アレスか』って」

「アレスって、なんなの?」
「それが、わからないんです」
「まぁどうしてもなら、

その画商に聞けば分かるか」

「もう聞けないんです」
「なんで?」

「その人、そのまま行方不明になったんです」
高瀬さんは腕組みをして唸った。

「う〜ん、なんか引っかかるなぁ」
「はい、
なんかそのことを

最近また思い出しちゃって」
「アレスかぁ、何なんだろう」
「それ警察でも散々言われたんですが、

何にも分からなくて」

「人の名前なのかなぁ」
「外国の人の名前か。

それか犬とか、何かペットの名前とか?
とにかく思い当たらなくて、分からないんです」
「探し物かぁ。何を失くしたんだろうなぁ」

「失くした物?」
「そう。
探してるってことは、

失ったからだろう?」
私は高瀬さんを見た。

その時、
高瀬さんの後ろの壁に飾ってある

風景画の絵が目に入り、
私は何かを思い出し大きな声をあげた。

「あ!そういえば!」
「何だよ、いきなり大声出して」

「あ、すいません。あの思い出したんですけど」
「うん、何?」
「私が子供の頃、

両親が大切にしてたものがあったんですけど

それがなぜか、ある日突然、消えたんです」
「何なの?」

「絵です、絵画。油絵です」
「どんな絵?風景画かなんか?」
「いえ、馬の絵です。広い風景画の中に、

青い馬が一匹たたずんでる絵なんですけど」

「それがなくなったの?」
「そうなんです」
「そこまで不思議なことかなぁ、

単に模様替えしただけとか」
「違うんです。その絵の中から、

青い馬だけいなくなったんです」

「馬だけ?」
「そう、馬だけいなくなってたんです」
「何それ?そんなことってある?」

「ですよね?だから私、父に聞いたんです。
そしたら父が、

『お馬さんは、旅に出かけたんだね。

あてのない旅に出たんだろうね』って、

淋しそうに言ったんです」
「へー」

「私、子供だったから、えー!すごい!って

意味がわからなかったけど。

あれもしかしたら、上から馬を塗り潰したんじゃ

ないかなって思うんですよね」

「まあ同じ絵なんなら、

理由は分からないけど、きっとそうでしょ」

「よく考えたら
その後ぐらいにも

その画商さん家に来てたんです」

「ほう」

「で、応接間にその絵は飾ってあったんですが、
両親がお茶の準備とかで
応接間に居なかった時、
私たまたまその人が1人で部屋にいるのを

扉の隙間から見たんです」
「うん」
「その人、その絵を見て、

油絵の表面を何度も触ってました」

「え!」
「今でも覚えてるんですけど、

その時のその人の顔が

普段と違って何だか怖くて」

「書きかえられた油絵か」
「はい」
「うーん。何かひっかかる話しだね」
「ですよね」

「その絵の話、警察とか他の誰かにした?」
「ううん。わざわざしてません。

今、いろいろ思い出したし」

「そうか。順を追ってゆっくり思い出そう。

とても重要なことかもしれない」
と高瀬さんが感慨深く言った。

「はい、すみません」
「大丈夫。一緒にゆっくりで」
「でもその絵きっと

上から書きかえられたものじゃないはずです」
「なんで?」

「額が違ったんです。」

「額?」

「そうです、絵の周りの額。全く同じように

作られてましたけど、私、実は元々の絵の額に、

間違って絵の具で色つけちゃって」
「なんだよそれ」

「夏休みの宿題で、絵を描いてた時に、

その絵を近くで見てたんです。参考にしたくて。

で筆持ちながら見てたら、額の隅に赤色の絵の具を

付けちゃって、すぐに拭いたんですけど、

木の額だから色が染み込んじゃって」

「そのこと、他に知ってる人は?」
「怒られると思って、怖くて言えなかったんです。

だから、今初めて人に言ってます」

「じゃあ、目立たないというか、

気づかないぐらいのものなんだね」
「パッと見は、分からないんですけど、

付けてしまった本人には分かるんです」

「うん、謎の馬の絵かぁ。
多分、その馬が描かれているのと、

そうじゃないのは価値が違うんだろうね」

「でも、その絵、

そんなに高価な物じゃないはずですよ」
「しかし、元々の絵はどこにいったんだろう」

「でも、うちの両親が亡くなったのは、

そのしばらく後です。
しかも自宅ではなくて、旅先の事故です」
「うーんそこなんだよな」

「ご両親はなにかを知ってるはずなんだ。
そして、お前、、泉さんも、

もしかしたらその秘密を知ってるかもしれない」
「私が?」
「なにかを無意識のうちに知っているはずなんだ」

「なにを?」
「それが分かれば、事件は解決するんだけどなぁ。
その絵にまつわる何か、思い出せない?」

「うーんさっきから考えてるんですけど、、、

思い出すのって」
「うん、なんでもいいよ」

「なんか女の人が、たまに来てたなって」
「どんな?」

「優しくて綺麗な人です。
少し派手なメイクで、髪の毛の長い女性です。
両親と仲良くて私にも優しくて」

「ふーん」
「よく両親と絵の話をしてました。

あ、そうだ!あの馬の絵の話をよくしてました。
父は若い頃、画家になりたかったらしくて」

「誰なんだろう」
「うーん、どうだったんだろう。

私が幼い頃のことなんで

実はあんまりよく覚えてないんですよね」
「うーん、そっかぁ」

「そうだ!」
「なんだ、どうした?」

「その女性、すごくきれいなネイルしてました。
赤とか派手な。その時代にしては珍しくて」

「そっかつけ爪かぁ」
「うーん。それと家に、

かくまってほしいってきた時もあったんです。
何かあったんでしょうね。
夜に母と私と一緒に

寝て、かくまってあげた時もありました」

「なんなんだろうね、その人」
「はい。でも、どういう人だったのか、

思い出せないです、すみません」
「いや、いいよ。他には?なんでもいいよ、

くだらないことでもいいから

その女性のこととか、

両親のこと何か思い出せない?」

「うーん、あと、その頃、

父は仕事で東京に行ってた時がありました」
「それで?」
「父も母も若い時に東京に住んでて、

2人は東京で出逢ったから、仕事のついでに

懐かしい場所にも行ってきたって、

よく父が言ってました」

「うん」
「父の行きつけの飲み屋のバーがあって、

そこのママがいい人で。若い頃、よく父は

そのお店に行って恋愛相談とかしてたらしくて」
「うん」

「母との恋愛も、その人に相談して、

で母に告白したらしくて。父の隠れ家だって、

『お前もなにかあったらあの店に行け』って、

よく言ってました。」

「その店に行ったことあるの?」
「ううん。なんか怖いから行ったことないです」
「どこなの?」

「新宿の歌舞伎町です」

「歌舞伎町かあ。また日本一の歓楽街だなあ」

「よく酔っ払った時に、父が言ってました。
歌舞伎町は、本物が隠された街だって」

 


 

 

 

 

「アレス~爪のない女~」第5章へ続く~