3:アレス~爪のない女~   第3章【長編小説】 | 林瀬那 文庫 〜あなたへの物語の世界〜

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作家の林瀬那です。

私が
描いた物語を載せてます。

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「 アレス ~爪のない女 ~」 

    ◇◇ 第3章 ◇◇ 

「アレス~爪のない女~」 第2章からの続き

 

翌日から、

探偵の高瀬さんとの二人三脚の日々が始まった。

私の不信感とは裏腹に、

高瀬さんは思いのほか

事件に真正面から取り組んでくれ、

探偵として、とても頼もしかった。
私の依頼を何よりも最優先してくれ、
いい条件だと思われる他の依頼を

断っている電話も何度か見かけた。
 
高瀬探偵事務所の楓さんは、

人脈のネットワークがすごいようで

情報収集にたけていて、
新井さんという若い女性は

大学生のインターンでパソコンがかなり得意で、
楓さんと共に高瀬さんからの指示の元

すぐに調べものをして活躍していた。
この人達といれば、

事件が進展しそうな感触だった。

私と高瀬さんは、

一応外を歩く時には恋人同士のように振る舞い、
もしかしたら私を狙っているかもしれない犯人に、

私が男性と行動することをアピールした。

いろいろ動いているうちに

1日経ってしまうことが多く、
私が仕事の日は帰り道に探偵事務所に寄り

その日の活動報告を受け、
高瀬さんに送ってもらうことが常になった。




その日、

車を車検に出していた高瀬さんは、

私の家の最寄り駅まで電車で移動し、

駅から徒歩で送ってくれた。

久しぶりの夜風が心地良かった。


こんな夜は春の予感がして、

少しあたたかくて空気がやわらかで、
それだけで心まで優しくなるようだった。

「風が気持ちいいから、

少し小走りしていいですか?」
私は恋人風の高瀬さんを見上げて言った。

「は?なに言いだすの?」
隣の高瀬さんが呆れた顔でこっちを見た。

「いいから、いいから」
私は高瀬さんをそっちのけで、軽く走ってみた。
「急に走るなよ」
後ろを振り向くと、

高瀬さんがポケットに手を突っこんだまま

走ってきていた。

高瀬さんは背が高いので、すぐに私に追いついて、
「無駄に走るなよ、体力消耗する」
と文句を言われたので、
「彼女のわがままは

聞いてあげた方がいいですよ」
と私は恋人のように答えた。

「ごめんごめん。そうだな」
と言いながら、

高瀬さんは私の頭を撫でて

髪の毛をくしゃっとした。

 

できればそのこと自体

手で張り倒したかったけれど、
ぐっと押さえて私は正面を向いたまま、

小さな声で高瀬さんに話しかけた。

「さっきから、誰か男の人が

私たちのことつけているの気づいてます?」


高瀬さんは動じず
「え?そんなわけないでしょ」
後ろを振り向くことなく、

そのままの状態で

私にしか聞こえない声で答えた。

私も真似をして前を見ながら話しを続けた。
「いえ確実にそうです。
さっき私が急に走り出した時、

その人も急に走って追いかけてきてましたから」

「考えすぎでしょ。

そばに俺もいるんだから、大丈夫だよ安心しなよ」
高瀬さんは、

なぜか私のことを取り合おうとしてくれなかった。

「あれは絶対に、私達のことをつけてます」
「そんなわけないだろ」
「警察に電話しますか?」
「いや、必要ないって」

私は引き下がらず、

携帯電話をバックからさりげなく取り出して、
「警察に電話していいですか?」
と電話を掛けようとしながら、高瀬さんを見た。

高瀬さんは、まいったなという表情で、
「もー。だから言ったのに!」
と大きめの声で、そう呟いた。



「え?」
と私が聞きかえそうとした時、
高瀬さんはポケットに手を入れたまま、

後ろに向かって仁王立ちになり、

大声で話し始めた。

「だから言ったろ。不合格!」
そう言いながら後ろの不審者を指差した。
「は?」
私は呆気にとられた。

「えーー!それはないっすよ〜」
サングラスにマスクにハンチング帽の

明らかに不審者の男性は、
なつく犬のように

高瀬さんのもとに駆け寄ってきた。

「だめー!」
高瀬さんは大げさに両手を交差し、

バツ印を作った。

「マジっすか〜」
「なんでこんな住宅街で革靴なわけ?

靴は足音するし、そのストライプのスーツに、

サングラスとマスクに帽子なんて目立つだろ。

ただただ、怪しすぎる」
「そんな〜」
「近すぎるから、そもそも対象にバレバレだし」
怪しい不審者の男性は
落ち込んでいるようだった。



「え?お知り合いですか?」
困惑する私に高瀬さんは説明をしてくれた。

「こいつ、俺の元部下」
とため息まじりに、男性を私に紹介してくれた。

不審者の男性は、

明かりの下でサングラスとマスクと帽子を取り、
「池山と申します!

部長が大変お世話になっております!」
と彼は元気よく私にお辞儀をし、

ビジネスマンのようにサッと名刺を差し出した。

池山さんの名刺には

私でも知っている大企業の会社名が書いてあり、
カタカナの難しそうな

よくわからない部署の人だった。

「もう俺は部長じゃないからな。
なんかさ、知らないけど一緒に働きたいって、

コイツしつこくて。驚かせてごめんな」
池山さんを顎で紹介しながらも、

高瀬さんは少し楽しそうだった。

「俺、部長に一生ついて行きます」
「ついて来なくていいって言ってんだろ」
「またまたー、冷たいなー」
「とにかくお前は、センスないからダメだって」
「そんなー」
「不合格だからな」
「そこをなんとか」
「ダメだよ。彼女怖がってたし」
「なんかすいませんでした」
と池山さんは深々とお辞儀をして

謝ったと同時にお腹がグーっと鳴った。


「お前な〜」
「今日ちょっと残業だったんで、

メシ食べる時間なくて」
なんとなく池山さんは憎めなかったし、

お互い憎まれ口をたたきながらも
2人が信頼しあっているのが伝わってきたので、
「よかったらせっかくだし

なんかご飯でも食べに行きません?」
と私は笑いながら、

高瀬さんと池山さんに言った。

「え!いいんですか?」
無邪気に喜ぶ池山さんを横目に高瀬さんが
「じゃあとりあえず、

ファミレスでも行ってごはん食べるか。

池山!お前のおごりな」
と偉そうに言い、池山さんは嬉しそうに

「勘弁して下さいよ〜」
と答え、私達3人は近くの国道沿いにある

ファミリーレストランに移動した。





ご飯を食べながら話しをしたけれど、

池山さんは私のことを

あまり深くは知らなかった。
事件のこと自体、

そこまで深くは知らされていないようだった。
知りたそうにしている池山さんを

目の前にしながらも、高瀬さんが
「話す必要ないから、話さなくていいよ」
と優しく言ってくれた。

「ま、こいつパソコンに強いから、

データ収集とかは得意だし、顔広いし。
アーティスティックだから、

適材適所で活躍してもらわんとな」
「はい、仕方ないです。

実戦は向いてなさそうですもんね、俺」
「そう、いわゆるアウトオブソーシング。

お前は、俺のいざという時の外注さんだ。
前に伝えたことを調べておいてくれ。頼んだよ」
「はい!そりゃあもう。部長の力になれるなら」

演技でもなく、池山さんはそう言っていた。
すでに会社の上司でもなんでもない高瀬さんに、

取り繕っても

特にメリットがあるわけではないのに、

おそらくかなりの競争社会にいるであろう

池山さんが、どうして高瀬さんにこだわるのか、

とても気になった。

「なんでそんなに、高瀬さんにこだわるんですか?

何か弱みでも握られてるんですか?」
疑問だったので率直に、

私は池山さんに質問をしてみた。
「おいおい、弱みって」
と高瀬さんが間に入った。

「とんでもないです。

俺、本当に部長には頭上がらないんです」
「どうして?」
「前に会社で俺が仕事で
陥れられそうになった時が

あったんです。俺、映像の仕事とかクリエーター系

の仕事なんですけど、新作のアイディアを俺が他の

奴から盗んだって言われて会社で孤立したんです。
もちろん潔白だったんですけど、その時、

唯一俺の味方をしてくれたのが、高瀬部長、

この人、1人だけだったんです」
「もういいって、その話しは」
高瀬さんは照れくさそうに、窓の外を見た。

「俺のことを信じてくれた唯一の人」
「へー」
私は高瀬さんを見ながら、

この前、岸田さんが言っていたことも思い出した。
案外、本当にこの高瀬さんという探偵は、

信頼できる人なのかもしれないと少し見直した。

「話せば長くなるんですが」
前のめりになった池山さんに
「ならいいです。話ししなくて大丈夫です」
と言うと
「ちょっと待ってくださいよー」
とまるでバライティの若手芸人のように、

池山さんは楽しそうに言った。

その姿は、
若くてこれから売り出す

無名の俳優さんのようにも見えた。



その時、私は何かを思い出した。


あれ?この後、この人が。。

確か、確か、、会社で昇進して、出世するんだ。


その昇進祝いで、また3人で会って、

その時にまたいろんなこと話すんだった。
出世して仕事忙しくなるのに、

私の事件のこと調べてくれたりして、

すごくいい人だったんだ。


初めて出逢ったのに、

池山さんの未来を私は知っているような、
池山さんのことを、

私は遠い昔に何かで見たことあるような

不思議な感覚になった。


私は、うわの空で高瀬さんと池山さんの

息のあった漫才のようなやり取りを

ぼんやり眺めていた。


「高瀬さんなんて、一生呼べないですよ」
「じゃあ、一生呼ばなくていいよ」
楽しそうに2人はじゃれあっていた。

「池山さん、今のお仕事がんばって下さいね」
「ほらな、初対面でもわかるセンスのなさ」
「泉ちゃん、厳しくないですかー?」

「いえ、違うんです。そうじゃなくて。

池山さん、もうすぐ出世するから。

どうかそのままで、

今の会社でお仕事がんばってほしくて」
と私は少しぼんやりしながら話した。

「なんですか?占いかなんかですか」
「そういうんじゃないんですけど。

あなたの功績がやっと評価される時がきます。
若いのにスピード出世だって。

だから辞めずにそのまま」

「まあそうなればいいですけど。

なるわけないんですよ。

俺、上に媚びたりとかできないから

可愛がられてないし、淡々と仕事するだけです」
池山さんは、少し真面目な顔で答えた。

「それがいいんだと思います。きっと。

あ、何も知らない私が

こんなこと言ってすみません」
「いえいえ嬉しいです。

泉ちゃん、彼氏とかいるんですか?」
「え?」
戸惑う私に、高瀬さんが冷静に答えた。

「あ、ダメだよ。

この人は大切な依頼人なんだから。

そういうのはやめてくれ」
「すみませんでした。じゃあ、

俺が本当に出世したら、2人にご馳走しますよ。
ファミレスじゃなくて、

赤坂辺りの高級焼肉にしましょっか」
「いいんですか?そんなこと言って」

「いいですよ!もし、出世したら、

泉ちゃんが困った時に、俺力になりますよ!」
「あ、そんなこと

あんまり言わない方が身のためですよ」
私は、本気で止めた。

「なんですかそれ!ますますいいですね!

もう、泉ちゃんも、部長と一緒だ!
何かわかんないけど、俺一生ついていきますよ!

困った時には、サポートします!」
「本当に言ってます?信じますよ」
「高級焼肉でも、なんでもこいですよ!」
「お前、言ったな。俺、聞いてたからな」

「はい!もちろんです。

とにかく、俺で力になれることあったら、

2人とも何でも言って下さい。
ま、特に部長の為なら、俺なんでもしますよ」
「いや、いいからお前は

本業のクリエーターの仕事に専念しろよ」

私は、2人のやり取りはおろか、

この一連の流れを、
どこかで見たことある気がして仕方なかった。

2人に家まで送ってもらい、
部屋でひとりになってからも、

その違和感が拭えなかった。



シャワーを浴びながら頭を洗っていた時に、
私の思考回路も洗い流されるような感覚になり、

私は、何かを思い出した。

 

私は、池山さんを知っていた。


と言うよりも、池山さんだけでなく、
刑事の滝本さんや岸田さん、

探偵事務所の高瀬さんや楓さんを、
知り合う以前から、知っていた。


このまるで2時間サスペンスドラマのような

この一連の流れを、

見たことがある気がした。


私は元来、

山村美紗や西村京太郎の

サスペンスドラマが好きで、
何度も見た同じような再放送の

サスペンスドラマをよく観ていた。


ドラマの主人公が事件に巻き込まれながらも、

事件を解決していく姿は痛快だった。

予定のない休みの日の午後に

たまたまつけたテレビでやっている、
以前見たことあるような無いような

サスペンスドラマの再放送を流し見しながら、
部屋の掃除をしたり、

なんとなく過ごす休日が好きだった。

前に休みの午後、
見たいテレビもなにもなく、

ただテレビをつけていたら

やっていたサスペンスドラマ。


そうだ!

その内容に今回の全てがそっくりなんだ!


私は主人公の女優さんが好きで、

昔、一度だけ

その女優さんに似ていると言われて
ますますファンになったあの女優さんが、

主人公の回のサスペンスドラマ。

所々見ていた内容に

私に巻き起こっていることが、

どうみてもそっくりだった。

思い出せば思い出すほど

全くと言っていいほど同じ内容で、
見たことあるサスペンスドラマの全てが、

今まさに私の現実世界でおこっていた。

私の違和感は、これだったが、

常識的に考えて

そんなことが起きるわけがなかった。
ドラマはフィクションで、

あくまでも虚構の世界。


でも、

私の両親が亡くなったのは、紛れもない事実で。


明らかに他殺の殺人事件で。

刑事さんも、あの探偵事務所も

実際現実にあるもので、

フィクションの虚構の世界ではなかった。
もちろん私の頭も正常で、

私の想像の世界ではなかった。


もしも、あのドラマのままなら

この後いろいろあってから、

事件は解決するはずなんだけど。


どうやって解決していくか、

全く思い出せなかった。


こんなことになるなら

あのサスペンスドラマ、

ちゃんと見ておけばよかった。


私は池山さんの時のように

断片でも思い出したかったが、
全く何も思いだせなかった。

 


 

 

 

 

「アレス~爪のない女~」第4章へ続く~