もうすぐやってくる夜を前に | 林瀬那 文庫 〜あなたへの物語の世界〜

林瀬那 文庫 〜あなたへの物語の世界〜

作家の林瀬那です。

私が
描いた物語を載せてます。

本棚から本を手にするように
自由に読んで下さい。

よかったら
コメント欄に感想書いてくれると
すごく嬉しいです。

                     

 

家の裏の
物置の中に
私は
ロケットを隠しています


時々
そのロケットで
月のうさぎさんのところに
夜中こっそり
遊びに行っていました

地球の日本時間で
真夜中なので
月では
たいてい夕方です


うさぎさんとは
昔からの友達です


私が
地球のお団子の味を伝え
それをヒントに
うさぎさんは
月のお団子を作り
月で
お団子は大盛況になりました


もともと美味しかったのに
更に
美味しくなりました


そのせいか、
月で食べるお団子は
なぜか
初めて食べる新作も
懐かしい味がします

私とうさぎさんは
月から
地球を眺めながら
お団子を食べるのが大好きでした

地球が
一番美しくみえる場所があって

そこから
眺める地球は
涙がでるほど
繊細で
清らかで
美しく輝いていました

夜中にこっそり
地球を抜け出して
月のうさぎさんのところで
地球を眺めると
なんか
不思議と悩んでいたことが
ちっぽけに思えました

地球が
愛おしくなりました



私のロケットは
オンボロなので
修理を何度もして
どうにか使えていました

ところが
そんな中、
エンジン部分の部品をつくっていた
唯一の職人さんが
亡くなってしまい
エンジンを修理にだすことはもちろん、
新しくすること自体
不可能になってしまいました

そして、
ある日突然
とうとう
私のロケットは
うんともすんとも
動かなくなりました

何度も
日を改めて
エンジンをかけましたが
全く
動かなくなりました

これでは
月に行けません

あきらめがつかず
また
エンジンがかかるかもしれないと思いながら
ロケットは
物置の中に置いていました

エンジンは
かかることなく
数年経ちました




上野の美術館で
知り合った大学の教授の友人に
その話しをしたら

「沖縄で
ロケット部品を
欲しがってる研究者がいて
日本中で探してる

是非
譲ってあげて欲しい」

と言われました

沖縄の人は
もう
生きる時間が限られているそうでした

私は
断りました

あのロケットは、
また
いつか
動くかもしれないから

動いたら
いつもみたいに
真夜中に
月に行って
うさぎさんに
会って
そして、
いつもみたいに
お団子を食べながら
地球を眺めたいから

譲れないものは
譲れない

私は
かたくなに
断りました

そうこうしてるうちに
私も病になり
ロケットに乗ることすら
できなくなりました

乗れないロケット
動かないロケット

いつか乗れるかもしれないロケット
いつか動くかもしれないロケット




数年に一度の
スーパームーンの満月の日に
空の月を眺め
みているだろううさぎさんに
手を振りました

そして
そのまま
教授に電話をし
沖縄の人に
ロケットを譲る話しをしました

教授は
自分のことのように喜び
私のことも
気にかけてくれました

「私は
もう大丈夫です」

そう伝えました

話しは
スムーズにすすみ
物置の中で埃をかぶりかけていた
私の
愛するオンボロロケットは
沖縄へ
旅立ちました

「私の大切な物です
どうか
大切にして下さい」

とだけ
手紙を書きました

沖縄の人には
逢いませんでした

「とてもとても
喜んでいて
貴方に深く感謝している
いつでも
沖縄に
遊びに来てください
大歓迎です」
と言っていると
教授からききました

ロケットは
美しい形状をしているので
形は
崩さず
劣化しない特別加工をし
そのまま残し
中の部品だけ
使用できるものは使用し
今後の実験の為の
研究や論文材料にする
とききました


なんだか
今にも発射できそうなので
空に近くて目立つ
みんなからみえる場所に
置くことにしたそうです


私は
仕事に没頭しました

なにもかも忘れて
朝も
夜も
仕事に没頭しました



月に行っていたあの頃、
ロケットの調子が悪いから
今日が最後かもしれない

いつも
うさぎさんに伝えていました

うさぎさんは
多くを語らなくても
わかってくれていました

一度だけ
月の裏側に行ってみようという話しになって
次回
月の裏側に
行く予定でした

そう
その
予定でした

次回は
もう
二度ときません

こんなことになるのなら
無理をしてでも
あの日に
行っておけばよかったですね

次回にしようだなんて
言わなければよかったですね


私とうさぎさんは
たまに逢い
一緒に
お団子を食べるだけで
幸せでした

ただ
それだけでよかったんです

私は
突然月にやってきては
お団子を食べて
めそめそ泣く
そんな
よくわからない地球人だったでしょうね

オンボロロケットは
エンジンをかけてから
しばらくしないと動かないのですが
突然
発車することもあるので
エンジンをかけて
音が大きくなってきたら
私は
走って乗り込んでいました

最後のあの日
うさぎさんとの話しも
ままならないまま
スタタタと
私は
ロケットに走って乗り込みました

うさぎさんは
「身体だけは
気をつけて!」

一瞬心配そうな顔で
その後
すぐ
笑顔になって言っていました

私が
「うさぎさんこそね!
またね!」
と言った瞬間
ロケットは発射しました

エンジン音が
すごい中
あの言葉は
うさぎさんに
伝わっていたのでしょうか

私の
最後の言葉は
うさぎさんに
伝わっていたのでしょうか

月は
みるみる小さくなって
うさぎさんも
みるみる小さくなって
いきました

小さくなるうさぎさんは
いつまでも
手を振っていました

私も
ずっと
手を振り続けました




あれから
何年経ったのか
私自身も
もうわからず
あの後
いろんなことがあり
ロケットのことなんて
忘れていました

毎日
必死に生きていました

私は
仕事に
没頭しました

なにもかも
忘れて
朝も
夜も
仕事に没頭しました




そして、
仕事が何年かぶりに
落ち着いて
突然
沖縄に行ってみたくなりました

突然
思い立って
沖縄にひとりで行き、
ふと
沖縄の首里城裏にある
金城の石畳み近くの
真珠というカフェに
入りました

真珠は
ガイドブックにも載っている
有名なお店で、
小高い場所にあり
街全体を見下ろせます

夕方近い時間、
少しづつ
街全体がほのかなピンク色に
包まれつつありました

真珠に入り、
席に着こうとした瞬間

そこで

思い出したんです!!




だって
私が
手放したロケットが
目の前に
あったから!


私の大切な物が
突然目の前に
現れたから!!



真珠から見える
街の風景の中に
屋上のある建物があり
その屋上に
なぜか
私が手放した
オンボロロケットが
誇らしげに
置いてありました




あれは
間違いなく
私が
10年前に
手放した
愛するオンボロロケット!!


だって
右側に
私がつけた
小さな傷とへこみがあります!!




あまりにも
突然の出来事で
目の前の風景を
眺めたまま
思考回路が
止まってしまい

なにが
なにか
わからなくなりました




そして
いろんなことを
思い出しました


だから
理由は
わからないけれど

急に沖縄の
この場所に
行きたくなったんですね

なるほどね


私が
かたまっていたので
店員さんが
「どうぞどうぞ
ごゆっくりなさって下さいね」

優しく笑顔で
おっしゃって下さいました

抱きしめたい程の過去

目の前に
突然
現れました

もう
動かないロケットは
相変わらず
オンボロで
美しくて
誇らしげでした



そして
うさぎさんのことも
思い出しました

和菓子嫌いで有名な私が
そういえば
お団子好きだったことも

しばらく
お団子を食べていなかった理由も

無性にプラネタリウムに
行きたくなる衝動も

満天の星空をみると
愛しい気持ちになることも

月を見上げると
幸せな安堵感に包まれることも

全て思い出しました



もうすぐやってくる夜を前に
街は
夕焼けに包まれ
あまりにも美しく
このまま
時間が止まってほしいぐらいでした




普通のよくある物語りなら
ここまでですが
私はね
実は
ロケットの部品を
また一から集め始めてるんです

病気もよくなってきたから
ロケットさえあれば
また
月に行けるんですよ

だから
こっそり
誰にも内緒で
部品を
集めつつあります


待っててね
うさぎさん

もうすぐだから

次逢ったら
月の裏側連れていってね

帰る時
手を振り続けるの
しつこいって
ちょっぴり
文句もいいたいし

お団子の
味が落ちていないかチェックもしたいし

また
いつもみたいに
地球を
眺めましょうね

美味しいお団子を
食べながら
眺めましょうね

もうすぐだから




今回の旅で
沖縄で有名な
ロケット会社の社長さんとも
知り合いになってしまい

ロケット部品工場も
見学し、
部品の組み立て方や
秘訣まできいてきちゃいました

知らない人がみたら
ガラクタにみえますが
ロケット研究の最先端の
いい部品にも
巡りあえました

きっと
これ
もとは
あのオンボロロケットの部品です

だって
みたことある形だもん

あの時
手放してよかったね


また
始められるね

幾つであっても
始められる

あの日
諦めたことが
始められる

終わったと思っていたことが
また
始められる

 

~終わり~