1月8日【イタリア・ジェノバ→ミラノ】
ついに下船日です。
船は朝9時にジェノバ港へ到着。
貴重品と着替え以外は、全てパッキングして前日の夜に部屋の外へ。
下船は割り当てられた順番に案内されます。
部屋を空けたら、手荷物をもってラウンジで朝食をとります。
下船日のラウンジは本当に激混み。
なんとか場所を確保して、下船案内の順番を待ちます。
下船後はジェノバからミラノへ。
ミラノの半日観光後、ホテルで一泊してから、翌日帰国です。
ミラノは以前陸路で来たことがあったのですが、
せっかくなので解説付きの観光をツアーの方々と楽しみます。
◆スカラ座(Teatro alla Scala)
イタリア・オペラ界の最高峰とされ、初代の宮廷劇場以来の伝統を持つスカラ座。
初代の歴史的建築物、テアトロ・ドゥカーレ(Teatro Ducale)は1776年に消失。
現在の建物(Teatro alla Scala)は二代目です。
サンタ・マリア・アラ・スカラ教会のあった場所に建設されたので、この名がつきました。
まだ道が整備されていない時代、
雨でも来やすいようにとの配慮から、
エントランスは、屋根の下に馬車で直接乗り付けられるようになっています。
現地ガイドさんによると、スカラ座前の広場、向かって右手、
(写真だと左手側。左手の白い建物がスカラ座です。)
ここから眺めるのが一番美しいんだとか。
そもそも設計段階で回りに建築物があった(当時は広場がなかったらしい)ので、
道路から見て一番美しく見えるように造られたのだそうです。
さて、この広場はガッレリアに繋がっています。
◆ヴィットリオ・エマヌエーレ2世 ガッレリア
ガッレリアは19世紀のショッピング・アーケードの原型とされ、
石造りの伝統工法を基盤にガラスや鉄、石、そして近代の鉄骨が組み合わさった建築物です。
イタリアの初代国王ヴィットリオ・エマヌエーレ2世にちなんで名づけられました。
1861年にデザインされ、1865年から1877年の間に建設されました。
約150年ほど前の建築物ですね。
東京ディズニーランドのワールドバザールはこのガッレリアをモデルにしています。
スカラ座とドゥオモをつないでいるので、ミラノ観光の際には多くの方が通っていると思います。
高級ブランド店や歴史ある書店、宝石店などが並ぶこの4階建てのアーケードでは、
ついついお店の中を覗きながら散策していまいがちです。
ですが、建築物として眺めてみると「へぇ~」と思うことが多々あります。
十字路の交わる付近、ガラス天井を見上げると、
四方に、女神を主題とし、ヨーロッパ、アフリカ、アジア、アメリカを表すフラスコ画があります。
下を見ると、床にはイタリア各州の紋章が描かれたモザイク画。
そのタイルのなかに、有名な牡牛のタイルがあります。
ここのくぼみに踵をのせてくるっと1回転できると幸せになれる、と言われていています。
昼間は長蛇の列ですが、夜来たときは誰もいなかったのでしっかり写真に収めることができました!
ちなみに、「牡牛の青盾」は西隣のピエモンテ州の州都トリノの紋章です。
今はガッレリアにも電気が通っていますが、昔はガス燈でした。
現在は使われていませんが、そのガス燈が残っています。
現地ガイドさんによると、
このガッレリアは国(州・県だったかな?)の所有で、どの店舗も家賃を払っているそう。
で、その家賃がものすごく高いらしい。
具体的な数字は聞きそびれたのですが、彼いわく、とにかく高いらしい。
「修繕費が結構かかるだろうけど、実質ROIは何%なんだろうな。」と思った私(´∀`)
◆ミラノのドゥオモ(Duomo di Milano)
ガッレリアを抜けると、そこはドゥオモ。
500万人のカトリック信者がいる世界最大の司教区である「ミラノ大司教区」
を統括する首都大司教の司教座聖堂です。
1386年、大司教とミラノ領主により
古代からあったサンタ・マリア・マッジョーレ大聖堂の場所に礎石がおかれました。
宗教改革などで中断されましたが、1813年、
約500年後にミラノ公国を征服したナポレオンにより、フランスの資金で完成。
1943年、第二次世界大戦でミラノも爆撃うけていますが、
ドゥオモは連合国軍の判断で爆撃を逃れています。
ドゥオモには135本の尖塔がありますが、そのてっぺんには一つ一つ聖人の像があります。
一番高いのが金のマリア像で、昔はこれより高い位置に建物を建ててはいけないとされたそうです。
聖堂の上に登ることができるエレベーターと階段があり、
ドゥオモの裏手から入ることができます。
エレベーターの方が少しお高め。
数年前に来た時に登りましたが、セキュリティーチェックをしっかりされたことしか覚えていませんorz
・・・人間は忘れる生き物ですから、仕方がない。
一通り観光案内をしてもらったら、次はランチです。
▼「サフランのリゾット」と「ミラノ風カツレツ」
さてお腹が満たされた私は、ここで大切なミッションを思い出しました。
「サンタ・マリア・ノヴェッラに行かなきゃ!!!」
旅行に出る前に行けたら買い物にいきたいなぁと思っていたのですが、
クルーズ中すっかり忘れていました。
ご飯を食べていたら「はっ!」と思い出したのは、奇跡的(*`▽´*)
このレストランにはWi-fiがあったので、調べてみるも、
「ミラノに店舗はあるけど今日はお休みだよ~残念だったね~」
と教えてくれたグーグル先生。
まじか。
すがる気持ちで現地ガイドさんに聞いてみると、
ちょっとまってねーって調べてくださって、
「ラッキーガールだね!(←久しぶりにガールといわれてちょっと浮かれるw)
定休日なんだけどなんとこの近くに開いているお店があったよ。」
喜々として感謝の言葉を伝え、添乗員さんにここで別行動することを伝えます。
夫に「開いているお店が近くにあったよ~(涙)いくからね~!(←Noという選択肢は彼にない)」
と話していたら、ツアーをご一緒していた方に興味を持たれ、
結局10名くらいの方を引率しながらサンタマリアノヴェッラへ行くことに。
サンタマリアノヴェッラには日本語の商品リストがあるのですが、
私を添乗員と間違われたのか、店員がめんどくさかったのか、
ごそっとみんなの分のリストを渡されてニッコリされたのは、なんだか楽しい思い出ですw
さて、サンタマリアノヴェッラとは、世界最古の薬局の1つです。
1221年にフィレンツェに居を構えたドメニコ派修道士たちが、
自分たちの耕す畑で薬草を栽培し、
修道院内の小さな医務室で使うための薬、香油、軟膏などの調合を始めたことに由来します。
1600年代、修道士たちが手掛ける薬剤の評判は外国まで広まり、
1612年には一般向けの薬草店として営業を開始します。
当時のトスカーナ大光からは王家御用達製造所という称号を賜っています。
1700年代にはロシア・インド・中国まで評判は広がりますが、
1866年、イタリア政府の教会財産没収政策のため所有権が政府へ移ります。
ですが、当時の薬局長(薬局長をつとめた最後の修道士となります)の甥に譲渡が認められ、
すぐにステファーニ家が薬局の名称・営業権・動産などを取り戻し、
今日まで四代にわたってその経営が引き継がれています。
有名なのは「王妃の水」と言われる「アックア・デッラ・レジーナ(Acqua della regina)」。
16世紀、カテリーナ・ディ・メディチがフランスのアンリ2世へ嫁いだ際、
その嫁入り道具の一つとして特別に研究・製造されたものです。
カテリーナによりフランス・ブルボン王朝の貴婦人たちの間で大流行しました。
オーデコロンの起源とも言われ、現在も「サンタ・マリア・ノヴェッラ」の香りとして生産されています。
現在も本店はフィレンツェにあり、一度訪れたことがあるのですが、
その建物や展示品はとても美しく、見に行く価値はあると思います。
▼2年前にフィレンツェ本店を訪ねた時の写真です
日本でも銀座の他、数店舗を展開していますが、
やっぱりイタリアで買いたいよね!
ミラノの店舗の写真は、うっかり撮り忘れていたようです。
小さな店舗でしたが、白を基調として可愛らしいお店でした。
ここからはミラノをぶらーり。
ショッピングタイムを楽しみます。
▼かわいい文房具屋さんを見つけて覗き込んでるところを、
ご一緒している方に撮影されていました(´∀`)
▼高級ブランド店が立ち並ぶモンテ・ナポレオーネ通り
ここでなぜかいっつも迷子になるorz
▼エマヌエーレ二世大通りの裏手にあったスケートリンク
日本人的発想で、ついスケートリンクは屋内!って先入観が。。。
子供からカップルまで楽しそうに滑っている人が多くて、楽しい気持ちになります。
19時ころまで全力でショッピングを楽しんだら、ディナーへ。
現地ガイドさんがオススメしてくれた、
ヴィットリオ・エマヌエーレ2世 ガッレリアの中にあるレストランへ。
ここは日本語メニューもあります。
カジュアルディナーにしては、少し高めかなと思ったのですが、ここを選んで正解でした!
まず美味しい!注文したものは、どれも外れなし!
そして日本語メニューもあるし、片言だけど日本語を話せるウェイターが数人いる!
しかも気配りしてくれて、日本語で話しかけてくれる!!
さらに、前菜、パスタ、ピザを1人前ずつ頼んだら、
写真↑を見て頂くとわかる通り、セパレートして運んできてくれました!
(海外のレストランは1人前が多すぎるんだ…)
▼半分といっても、これで一皿分。私には十分です。
このお店、日本人のことをよくわかってるなーっと思いました。
この後はタクシーにのってホテルへ。
ちなみに、ミラノは比較的治安がいい街とされていますが、
ガッレリア周辺には悪質なミサンガ売りがたくさんいます。
食事が終わって帰路についたのは21時くらいですが、
この時間帯になると、ミサンガを薔薇の造花に持ち替えて押し売りをしてきます。
「彼女にプレゼントしたら喜ぶよ~」
と男性のほうに近づいてきますので、ご注意ください。
せめて、もう少し買いたくなるものを売ってくれればいいのにね。
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さて、今回のクルーズ旅行では念願の「アフリカ大陸」上陸を果たした私。
モロッコに半日だけ…でしたが、やったね!
あと、死ぬまでに絶対行きたいのは、残すところロシアとイギリスと南極。
機会があれば、アフリカのサバンナにもいつか足を運びたいですね。
(友人に”虫多いけどいいの?”と言われて、ちょっと躊躇しますが・・・)
新しい土地に足を踏み入れるのは、いつもわくわくします。
美味しいものや、親切な現地の人に出会えれば嬉しいし、
歴史や経済について目で見て肌で感じることができれば、視野が広がります。
まさに「旅は人生を豊かにしてくれるもの」ですね。
最後に・・・
今回は、クルーズ中に出会った方々が楽しい方ばかりで、
しかも添乗員さんが気の利く方で、とっても楽しい旅行となりました。
ご一緒できた方々に感謝です(人´∀`*)
ありがとうございました。
ということで、地中海マデイラ島の旅編はこれにて終了です!!
<おわり>