見習い天使がいた。見習い故にまだ人を導く許可は出ていない。
-つづき-
「それぞれの悟りにおうじた真理...」
【弟子よ、そなたに譬えをあたえよう。】
そう言うと瞬く間に見習い天使の前に大きさの違うガラスのコップと、なみなみと水の入った水差しが現れた。
【弟子よ、この大きさの違うコップは肉体をもつ人の子らである。そしてその水差しはそなたであり、中の水はそなたの悟りにおうじて得た真理。その真理という名の水をこの大きさの違うコップに注いでみなさい。注ぐ行為は人の子を導くのと同じ事になる。】
見習い天使は水差しをもち、それぞれのコップにこぼれない程度になみなみとついだ。
「師よ、水をコップに注ぎました。ちょっとこぼれちゃいました。」
【弟子よありがとう。なみなみと注いだはそなたの愛深き故、惜しげも無く注いだのであろう。】
「はい!私の得た真理であれば惜しげも無く分け与えたいです。」
【そなたの愛は純粋で美しい。だが弟子よ愛を与えるには智恵か必要である。】
「智恵ですか?」
【人の子もまた学ぶもの。私のやり方を見てみなさい。】
そう言うと瞬く間に空になったコップに、大天使アイオエルは水差しを使って、それぞれのコップに水を注いだ。ほんの少しづつ。
「師よ、ほんの僅かしか注がないのですか?師であれは海の水をも凌駕する真理をお持ちのはずなのに。何故でしょう?」
【弟子よ、水を注いだコップを見なさい。】
「あっ!コップに注いだ水が増えています!そしてコップ自体の大きさも大きくなっています。
これはどういう事なのですか?」
【弟子よ、これは譬えであるが人の子の導きも同じである。人の子も学ぶ者と私は言った。今水が増えコップ自体の大きさが変わったのは、注いだ真理をきっかけに人の子が真理を深く理解し理解におうじた悟りを得た事により器を広げたのだ。よいか弟子よ、なみなみと注ぐは人の子の為にならず。一から十まで教えては人の子の成長を妨げる事になる。我らが仕事は人の子の成長の為に真理というヒントやきっかけを与える事である。その真理というなの僅かなヒントやきっかけを頼りに、人は己の悟りを広げ器を広げるのだ。そしてその注ぐ真理の量は多過ぎでも少なすぎても人の子の為にならぬもの。
その加減はそなたがこれから修行し得とくせねばならぬ。それもまたそなたの学び。】
「人の成長を助ける為の導き...師よ道を示して頂きありがとうございます。私も更に修行に励みます。」
【弟子よ私も道半ばである。共に励もう。】
「はい! 師よご質問してもよろしいでしょうか?」
【今のお前に必要であるならば答えよう。
何なりと聞くがよい。】
「ありがとう御座います。師よ私が導く人達が信仰しているイエス様は肉体を持ちながら神として生まれたのでしょうか。」
【弟子よ、我が師イエスが 我が父と呼んだは如何なる存在であろうか。我が師イエスが父と呼んだは、この宇宙を統べる真理、あるいは法則と言ってもよい、それを我が師イエスは父と呼んだ。
この大宇宙も我らがいる世界も人の子らがいる世界も全てこの法則の下にある。地上に近くなるほど、この法則は細分化され限定されるが法則から逸脱することはない。我が師イエスはその地上の法則の下に肉体を持ち生きた。
弟子よ、これがそなたの理解を深める為に私が注いだ真理。そなたはそこから理解を深め器を広げなさい。さすれば更に多くの真理というなの水を入れる事が出来るであろう。】
「師よありがとう御座います。イエス様も肉体を持ち様々な困難を乗り越えたのですね。」
【さよう。肉体を持つは困難の連続である。また逆に悟りを深める素晴らしい環境でもある。
弟子よ最後に我が師イエスが肉体をもつ上で直面した困難を如何に乗り越えたか、わかりやすく言葉にしてそなたに与えよう。】
そういうと大天使アイオエルは空に向かって登られていった。まもなく荘厳なる言葉が教えの原に響いた。
《感情よ、わが肉体より出でし欲望よ。私の前に来なさい。そなたらはこの地上の法則の下に現れし存在である。故に私はそなたらを受け容れよう。そなたらを抱きしめよう。だが聞くがよい。我が宿りし肉体の主は私である!》
荘厳なるイエスの言葉は、教えの原と見習い天使の心に響きわたった。
「我が師よ、そしてイエス様。教えをありがとうございました。」
おわり
