【感情を言葉にすることの大切さに気づいた日🌱】
その時の気持ちを、
言語化していくことの大切さに、
気づいた日🌱
謝らなくてもいい場面で、
「すんません💦」って
言っちゃう自分に気づいて
なんで言っちゃったかな
って自分を責めたときに
ああこの感情を深掘りしたいと気づいて
掘ったら出てきた気持ち
人にはそれぞれ都合がある
私はそれを尊重したいし、
尊重してきたと思っているし、
だから、
人にも自分を尊重してほしいと思ってた
だから生まれる
「なんでわかってくれないの?」
の感情。
逆説的に言えば、
私が人を尊重しなければ、
人から尊重されなくても、
「まあ、そういう日もあるよね」
と許せるようになるのだろうか。
でも私は他者を尊重したい。
であれば、
自分の価値観と合う人とだけ
付き合えばいいのだろうか
でも、そうもいかない時もある。
で、気づいた
人の都合→尊重していい
自分の時間→譲らなくていい
尊重は「内側の姿勢」
境界線は「外側の行動」
混ぜてた。
相手の都合は尊重していい。
だけど、
自分の都合は説明しなくていい。
説明しようとすると、
正当化して
説得して
私が勝手に感じた
相手の感情(と思うもの)を
回収したくなる
でも、付き合わざるを得ない
他者との関係で、必要なのは、
「理解」じゃなくて「運用」
相手に必要なのは、
「意味」じゃなくて「目印」
私は、
「私の時間は私の時間です」
これだけをしっかり持って、
はみ出てくる境界線を引いていくだけ。
言葉にしないと
