◢◤私~そして「みづほの道」33◢◤ | sonney「あはやさわ☆まなたから」のブログ

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吾速澤真名宝
オトとコトのライフワーカー
Cosmic Sound & Word

◢◤私~そして「みづほの道」33◢◤
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私はいかなる組織にも宗教にも属していない
ただあるは神から授かった「道」のみである
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中学三年生の時、私は高校を二つ受験した。
一つは私立の名門、城北高校である。
合格した!
本当はここに行きたかった。
だがもう一つ受験したのが都立高校。
われらの時代には学校群制度というのが敷かれていて、私が選んだのは足立・江北の学校群。
どちらに振り分けられるか分からないものであった。
私が合格したのは足立高校。
江北に行きたかったのに!
少し不満であったが、城北も通学が大変だということがあり、足立高校を選んだ。
実はその当時奨学金制度があり、私は特別奨学生として高校三年間、奨学金を受け取ることができる試験に合格していた。
大学受験生も同じ日に同じ場所で同じ問題の試験を受けるので、実に狭き門であった。
私の中学校では私を含めて二人しか合格しなかった。
有り難いことであり、少しは親孝行ができたと思って感謝している。
ところで、高校の音楽部で一緒に活動したY君とは、フォークやポップミュージックのバンドを組んだ無二の親友であった。
前にも述べたが、彼はギターの名手でもあった。
身長が182cmもあり、フォーク・クルセダースの加藤和彦のような雰囲気があった。
彼の家にも何度か行き、お母さんやお姉さんにも大変お世話になった。
おいしい食事にもありつけて、幸せな気分も頂戴した。
彼は私を一番信頼してくれていた。
クラスの社会科の授業で教師が「この中で朝鮮人を嫌だと思ったり、差別をしない人は手を挙げて」という場面があった。
挙手をしたのはY君と私だけであった。
Y君の家に遊びに行ったある日、見てほしいものがあるからと言い、奥の部屋に案内された。
なんとそこには金日成の肖像画が掲げられていて、北朝鮮の機関紙が山積みになって置かれていた。
彼は「実を言うと、僕は北朝鮮国籍なんだ」。
私はびっくりしたが、その言葉がすぐに感謝の響きとして心に伝わってきた。
誰にも言ったことがないけど私にだけは告白したかったのだ。
感謝するよY君。
こちらこそ君に「ありがとう」ともう一度言いたい。
何年か後、彼の結婚披露宴に参列した。
日本人は私一人だけであった。
同じテーブルにいた人は朝鮮総連の幹部であった。
Y君の奥さんも北朝鮮の人だった。
すごい美人さんだった。
参列者で日本人が私だけであったことからもお分かりのように、いわば閉鎖された社会なのである。
そこに私を呼んでくれたY君に今さらながら感謝する。
彼はこう言った。
「日本人はいっぱいいるけど、信頼できるのは君しかいない。結婚式に来てほしい」と。
ありがとう、いつかまた会いたいね。
音楽の力は素晴らしい。
君の言葉は大切に胸の奥にしまってある。
そうだよ、国籍がなんだって云うんだ!