◢◤私~そして「みづほの道」23◢◤ | sonney「あはやさわ☆まなたから」のブログ

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吾速澤真名宝
オトとコトのライフワーカー
Cosmic Sound & Word

◢◤私~そして「みづほの道」23◢◤
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私はいかなる組織にも宗教にも属していない
ただあるは神から授かった「道」のみである
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私の記憶は母の産道を通って生まれた時からある。
ものすごく真っ暗で狭いところを大変な思いをして此の世にやって来た。
まだ這い這いも出来ない頃、大人たちはよくあやしてくれた。
「ひとつ笑(わろ)てみよ。いないないバア~!」(笑)。
乳母車に乗せてもらって外へ出ると近所の若い女の人が、「わあー可愛い、抱っこさせて」と母にせがんだりしていた。
ある日、寝返りも出来ないときに蚊帳の中で目が覚めた。
母がいないので一人で泣いて母を呼んでいたことを思い出す。
三歳くらいの頃、両親に連れられて宇奈月温泉に行き、有名なトロッコにも乗った。
当時のトロッコはまだ観光用ではなく、工事現場にあるようなものだったと記憶している。
下は断崖絶壁だったので怖くてしがみついていた。
「事故があっても命は保証しません」という条件付きがあった時代である。
泊まった宇奈月温泉の宿で風呂に入った。
湯船の縁に付いているライオンの口から温泉が出ていた。
三歳の私にとっては実に興味深かった。
和やかな気持になっていたら、「家事だ!」という大声がどこからか響いてきた。
急いで避難したこともあり大事には至らなかった。
四歳の時に転んでガラスの破片が左頬に刺さり大けがをしたことがある。
父親は慌てて近所の病院に私を運んだ。
顔に凄みが出て、オトコに箔が付いた(笑)。
保育園で印象深いことが二つある。
当時はダニや虱が蔓延していたこともあり、園の出口で頭にDDTの白い粉末をシュッシュッとかけられた。
非常に有毒なものであったが、こんな危険なものがまかり通っていたとは実に恐ろしい。
夏の時期は昼寝の時間があった。
BGMには必ず、シューマンの「トロイメライ」が流れていた。
今でもこの美しい曲を聴くと夢見ごこちになる(笑)。
私が最初に好きになったクラッシック・ナンバーだ。
シューマンは実にいい!