◢◤私~そして「みづほの道」⑫◢◤
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私はいかなる組織にも宗教にも属していない
ただあるは神から授かった「道」のみである
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70年安保を目前に控える頃は学園紛争があちこちに飛び火していた。
私の高校3年生の頃も御多分に漏れず、青春の幼い炎が炸裂した。
大学から都立高校へと飛び火して、その年の卒業式はなかった。
日比谷高校、上野高校、北高校、そしてわが足立高校も。。。
都立足立高校の先輩には「ビートたけし」がいる。
ところで去年、学年会に参加した。
40数年ぶりに会う学友であった。
当時の私のような問題児によく声をかけてくれたものだ(笑)。
ありがとう!
われわれの頃の同級生は体育系と文科系、いわば右翼と左翼であるが、その両派が別々に学年会をやっていて、決して交わることはなかったようである。
ところがどういう風の吹き回しかは知らねども、その両方から私に誘いがあった。
体育系と文科系、右翼と左翼の両方に接点があるのは珍しい存在(笑)。
先ずは硬派の体育系右翼連中の集まりに参加した。
企業の社長も何人かいてみんないい奴ばかりだった。
その中に不良連中からも恐れられているヤクザ以上の者が来ていた。
ひい爺さんが関東一のヤクザ組織の創設者であったようだ。
だがそれ以上に彼の憎めない人柄が私は好きであった。
彼は私のことを懐かしがり、私も嬉しかった。
というのは、卒業して半年ほど経ったころ一緒に飲んでいるからである。
彼は気前よくバーの飲み代を奢ってくれた。
私の財布の中身を気にしてくれたのだろう(笑)。
ありがとうよ!
高校生の時はろくに学校にも来ないで、卒業してからはキャバレーで働いていた。
それがどうだろう。
今では高校の先生をやっている。
それも札付きの、日本で一番のワルが集まる学校だ。
彼が言った。
「なめられたらそれで終わり。半殺しになることもあるんだよ。だから体を張って生徒とぶつかっている。卒業すると生徒がよく家に遊びに来て女房が大変なんだけどね(笑)」。
実にいい先生だ。
彼のような人物がいるから日本も救われている。
ちなみに彼の風体はどこから見ても怖いヤクザだった(笑)。
もう一つは軟派系の文科系左翼連中の集まりだった。
20人くらいの会であったが、なんと音楽で生計を立てている者が私を含めて3人いた。
こんな時代にこれは驚異的な数字である。
さらに驚くことに法曹関係が二人もいた。
一人は東京高等裁判所の判事。
同じクラスで落語研究会の部長だった。
もう一人はテレビに出ていたこともある辣腕弁護士。
彼は私も所属していた音楽部の部長だった。
NHKの合唱コンクールで東京都の2位になり、ラジオにも出演したことがある。
想い出深く懐かしい仲間である。
高校生に40数年ぶりに高校生の気分に戻れて幸せだった。
今年も楽しみだ!