ジッドゥ・クリシュナムルティ Jiddu Krishnamurti
1895年5月12日 - 1986年2月17日
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私がまだ若くて、まだ彼が生きていた頃。
今から三十数年ほど前だが、私は彼の言葉に感銘を受けた。
そして彼の教えに傾注した。
当時、師は世界中から集まってくるインテリたちに教えを説いた。
それは精神世界のアインシュタインとも呼ばれている。
しかしながら師の教えを理解する者はいなかった。
師はこう漏らしていたという。
「世界中に一人でも私の理解者がいれば…」
ところで師は、来るべき世界教師と言われて教団を持っていたが、いともあっさりとそれを解散してしまった。
それから亡くなるまでの間に、対話形式によるおびただしい数の講話を行なっている。
まぎれもなく、師が講話の席に着くと、そこにマイトレーヤ(彌勒)が降臨して師は語り始めていた。
ミロクの言葉の特徴には、知識や学問の余地が残されていない。
全くそのような権威とは別の次元で喋りだす。
知識や権威や記憶を否定して、「今ここ」で語るのであるから、世界教師はどんなものかと見にきた人たちは、さぞかし落胆したであろう。
知識や記憶を差し挟まない簡単明瞭な言葉であるからゆえに理解されなかったのだ。
彼らにとって、その教えを実践したくても、知識や権威を否定される教えにはついていけなかったのだ。
今でもそれが続いている。
この時代は、宗教・精神世界・波動・健康医学等で先生ブームであるが、これは釈迦佛陀やイエス・キリストが生きていた時代と重なる。
イエスの時代にユダがいたが、彼はイエスを裏切った人物だ。
イエスを師と仰いでイエスに付きまとっていたが、同時にユダは別グループの先生であり、来るべきキリストと目されていた。
旧約聖書に預言されている救世主が自分であるためには、イエスの存在が許せない。
しかるにイエスをカネと引き換えに罪人として売ったのだ。
この悪のエネルギーは今でも続いている。
ユダ=オロチの型は、出雲のスサノオの息子・ニギハヤヒ(国常立尊)の足跡で明らかであるが、再三告げておく。
ニギハヤヒは道を敷くために、出雲から吉備へ向かったが、そこにはスサノオに征伐されたオロチが棲みついていた。
オロチたちはニギハヤヒを嫌がり、鬼のレッテルを貼ってウシトラのキに封印した。
ミコトは仕方なく、瀬戸内海路を船で進み、大阪の和泉(=いずも)に上陸した。
途中で淡路島に立ち寄ったが、先日発見された銅鐸は出雲のニギハヤヒ由来のものである。
ところで、ミコトはそこから和泉にある今の池上曽根遺跡に存在した部族の集落にたどり着き、そこでセオリツヒメを娶った。
その後大和へ向かい、王朝(大和朝廷)を成し遂げた。
だから奈良の三輪山には、国祖・国常立之尊(ニギハヤヒノミコト)が祀られているのだ。
話は変わるが、佛陀やキリスト、そしてニギハヤヒにはミロク(日月神)が降臨した。
ミロクこそが活ける神、すなわち、肉体に宿る神なのである。
日月神示等に手を染めたほどんどの者たちの間違いが実はここにある。
神示の読み違いもはなはだしく、神示を出版すれば一厘が手に入ったかのように錯覚している。
あるいは一厘とは教団や場所や何か特殊なものだと思っている。
だから真実のマコトたるものが出現されると困るので封印するのである。
実際にある宗派などは、自分たちの神(自動書記で神のお告げをしらせる宗教)が封印したと自慢している。
そのような宗教は溶けてなくなるであろう。
これが現状である。
黒魔術・オロチの手口がバレた今となっては、このような団体の効力は既にない。
大本や日月神示であってもである。
私は日月神示を保存していた至恩郷の理事をつとめたことがあり、また日月神示を出版した経緯を持つ者である。
このような者であったからこそ、ウソ偽りを言うことは許されない。
クリシュナムルティに降臨していたミロクは肉体が備わった存在だ。
それを神の一厘と云う。
紙ではない(笑)!
仕組はゆるぎなく彌榮である。
皆様に祝福のあらんことを!