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愛・波動の転写
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確かに水に波動は転写できる。
あなたの純粋な愛の心で水に良い影響を与えることができる。
それは自分の子供や家族や友人が病んでいるときにあなたがすることと同じである。
「痛いの痛いの飛んでけ!」と言えば、あなたの愛が子供の痛みを和らげるのと同じだ。
あなたの愛が、親としての法則性が子供の氣・血・水に働きかけたのだ。
だが水に人の心はあるだろうか。
ここに最大の謎が潜んでいる。
人間の純粋な愛は宇宙普遍の法則性である。
危険であるのは、これが宗教や金儲けに利用されたらどうなるのか。
結論から言えば、利用した人間は身を滅ぼすであろう。
教祖は手をかざしながら呪文を唱える。
私の住んでいる地域に大きな宗教団体があり、教祖が波動を入れた水を使って信者を増やした。
病気が良くなった信者は、最低ひとり300万円くらいを吐き出したそうだ。
当然、湯水のごとく寄付が集まり、お城まで建てた。
日本でも有数な巨大宗教団体である。
その渦の中では縁によりそれに相応しい人たちが集まっているのだろう。
だが実に気持ちの悪い世界だ。
ある不動産屋がその教祖に商談を持ちかけるために会いたいと言ったら、10分くらいで10万円払えと言われたそうだ。
ところで前述のお城の最上階は教祖専用の風呂になっていることが消防署の検査で分かった。
宗教の世界で病気が治るというのはこのような魑魅魍魎の世界に引きずり込まれることを意味する。
であるからして、私の言う水に波動を転写するというのは、たとえそれを用いて病気が治ったとしても、宇宙法則からみれば一つの現象であって、さほど大きな問題ではないのである。
実際に私は末期ガンで余命半年の母親の命を神佛に祈り生還させている。
今では故郷・富山でのんびり父と暮らしている。
つまり私が言いたいことは、人が水とそこにはたらく法則性に目覚めて、永遠のイノチに生きるということのほうが大事だということなのだ。
治るという副産物を通して、ヒトや生命を支えている存在に感謝の念を抱くということこそがあなたや家族や友人の最大の果実なのである。
これこそが道に生きることと言っても差し支えない。
そこに何の上下関係も支配も強要もない。
ただただありがたいだけだ。
そこにあるのは宇宙に存在する普遍の純粋法則、完全無私の愛!
私が身をもってそれを経験しているがゆえに分かるのだ。
すべてに感謝、そして彌榮!