【歌1】音楽で失われたもの。それは心にいつまでも残る歌である。何十年経っても色あせないメロディーと歌詞。しかし今の世は使い捨て時代である。それにもめげず残る歌は残る。「上を向いて歩こう」は見事に残って人々を励ましてくれた。なぜそのような歌が少なくなったのか。そこに戦後の問題がある。
【歌2】人は生きる過程において歌に励まされることが度々ある。私の思い過ごしでないなら、どんな人でも一度は経験しているに違いない。それほど歌は大切なものだ。私は十代の頃、お金がなくて、品川から実家まで十数時間かけて歩いたことがある。私はお気に入りの唄を歌って家に辿り着いた。おお!
【歌3】私は十代の頃よりプロとしてステージに立っていた。今でも音楽を生業(なりわい)としている。無名であるが全ての音楽の局面を体験している。リアルタイムに世界の音楽を身をもって知っている最後の世代である。ピアノの弾き語りに関しては日本で最古参になったかもしれない。溜息ばかりが…。
【歌4】私の音楽家としての活動に「ピアノで生オケ」という歌声の会がある。かれこれ12年を経過した。毎月2曲づつ増やして、今月で382曲を達成した。目的は親子二世代・三世代で歌える名曲の発掘と人々との共有である。日本には末永く残る曲があまりにも少ない。だが歌声の果たす意味は大きい。
【歌5】戦前・戦後の世界の音楽文化で、あでやかに或いはひっそりと花が咲いたような歌を紹介するのが私の音楽人生の側面である。はっきり言って、ここ30年ほどは後に残る歌が少ない。これは世界にも共通している。若い音楽家や聴衆や今どきの業界の詞とメロディーにたいする感性の低下は著しい。
【歌6】音響・録音技術や演奏テクニックが著しく向上していることは言うまでもない。だが魂を震わせるような歌や音楽が少なくなっている。若い人にこれを云うと「今のほうがサウンドも何もかもいいに決まってるじゃん。昔の唄は退屈だよ。」と笑われてしまうだろう。若い人たちは業界に洗脳された。
【歌7】音楽業界が変質したのは、1963年11月にケネディーが暗殺された事に端を発する。1969年12月公開の「ハロードーリー」でアメリカのエンターテインメントは終わったと言っていいだろう。「上を向いて歩こう」は1961年11年に発売され、1963年6月に世界的ヒットとなった。
【歌8】1970年前半には既にアメリカの音楽業界も変貌し、日本においてもその限りではなっかった。ケネディー暗殺に伴い、アメリカの音楽業界はイタリア系マフィアが衰退し、それに取って代わるユダヤ系が台頭して今に至っている。日本においてもその傘下の創価学会と統一協会は隆盛を極めている。
【歌9】このように宗教と音楽ビジネスは一体である。これと無縁であることは音楽生命を奪われるという事なのだ。音楽の質が変化したことも当然リンクする。しかし、今後数年の内にはこれも終焉することは歴史的必然である。若き音楽家たちに告ぐ! 世の体制に惑わされるな、自らの天分を全うせよ!
【歌10】歌こそ吾がイノチ。オトとコトとは命の源。私は失われた30年をここらで取り戻すこととしよう。たった三十年と言うなかれ。それは三百年・三千年の喪失と同じことだ。人生は短い。だが自分のために生きる時間も残されていないようだ。友よ朋よ、まだ見ぬトモよ。いつか出会わん、この節で!