指先ひとつで言葉が「凶器」と化す | 曽爾村民による曽爾村の日常

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「ソファに寝転がりながら投稿した」「どうせ誰も見ないと思って」加害者が語った“軽さ” 池袋母子死亡事故の遺族へ向けられた“デジタル暴力”(TBS NEWS DIG Powered by JNN) - Yahoo!ニュース

 

 

まずは、こういった案件のペナルティをしっかり作って周知するべきです。ネットで誹謗中傷する人間は善悪の区別もないし、倫理観を持ち合わせていない場合が多いと感じます。そこまでじゃないと思った、とか驚くほど軽薄で、浅はか。それなら、重いペナルティをつけるしかない。それが抑止力になるなら、納得いかないけれど、いちばんです。本当は、人として辛い人間に寄り添って考える力が全員にあればいいのだけど、残念ながらネットというツールと環境で気が大きくなり、言葉で更に人を追い込む人がいる以上、ルールを作るしかないかと。

 

 

でも、まあネットの難しさはあるよね。誹謗中傷は悪いけど、どこで線を引くかは難しい。
この事件の場合、逆に加害者には有罪確定前からかなりの中傷が行われたけどそれはいいのか?と。

被告側になら何言っても良いという話ならまたおかしな話だし、事実に基づく批判なら良しとするなら、この件も「事実と思って批判した」と言えばそれまでの話になるし、被害者側がそれは事実じゃないと証明するのは不可能だろうし。
じゃあ批判は全部ダメかとなれば表現の自由が問題になる。

 

それと、(自分も含めてですが)人間の本質的な部分では昔から変わってはいないんでしょうけどね。

ただ、昔は情報伝達のスピードやら範囲やらが狭くて、「誹謗中傷」するにもそれなりの手間がかかってたってだけで、やってることは変わってないと思いますよ。
昔だったら、投書したりとかビラまいたりとかしてたんでしょうけど、さすがにそこまでの手間をかけるのは相当の粘着質でないとできなかったんだと思います。
単純にその手間がなくなって、「ソファに寝転りながら」できるほど簡単・楽チンになったから表面に現れやすくなっているだけではないかと。