桜のような僕の恋人 | 曽爾村民による曽爾村の日常

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曽爾村民と名乗っていますが、仕事の都合であまり曽爾村について書く暇がありません。たまに書きます。
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こんばんは。曽爾村民です。今年に入って、2回目のブログです。

半年空いてしまうかなと思っていましたが、何とか書けそうです。

 

4月に入り、4日が経ちました。どこもかしこも桜が満開です。先日僕は、佐保川の桜を見に行きました。

佐保川は、奈良盆地の北部を南北に流れる河川の1つです。『万葉集』をはじめとして古歌の題材となることも多く、奈良の歴史と深く結びついた河川であるといえます。そんな佐保川のもう一つの名物は、川沿いに植えられた桜並木で、全長数キロにわたって続くその光景は「奈良県景観資産」の一つにも数えられており、見応え充分です。

見に行った日は生憎の雨でしたが、それでも圧巻されました。とても綺麗でした。晴れていたら、もっと綺麗だっただろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
桜を見ながら、以前知人に勧められ拝読した小説を思い出しました。その小説とは、題名にもあるように『桜のような僕の恋人』(宇山 佳佑作)です。
恋した女性が難病になってしまう恋愛物語です。難病を発症した美咲は大好きな美容師も、大好きな彼・晴人も、何もかも諦め生きる気力を失っていきます。そんな彼女が最後、勇気を振り絞って一番大事なものを諦めなかった姿に胸うたれました。美咲に恋し誰よりも美咲を愛したことで成長していく不器用な彼・晴人の姿もよかったです。
 
さて、佐保川の桜を見ながら、ちょっと考えてみました。
 
春の桜を見て人はみな「美しい」「きれいだね」と口を揃えて言う。でも、冬の桜を見た時、ほとんどの人はそれが桜であることすら気づかない。それでも人々は満開の桜が冬の終わりとともに訪れる春に見ることができることを願っている。桜は満開の花を咲かせ多くの人に見てもらえることを楽しみにしている。そんな時次の春が自分には訪れないと知ったら、桜を見たかった人や、見せたかった人は、何を思うのだろうか。桜は咲く時期も散る時期も選べないのだから。
いつまでも楽しい幸せな時間が続けばいいのに。 そう思ってもその願いは叶わない。 そんな物語は残酷だって思ってしまうけど、それでも現実に同じ想いを抱えて生きている人たちがいるんだと思うと苦しくなる。 
人は刻一刻と死に向かっていて、それは誰にも食い止めることはできない。愛する人も必ずどこか遠くに行ってしまう。それでも僕たちは心の中で過ぎ去った人たちを記憶していて、季節が巡るたびに思い出すんだと思う。目の前にいる大事なひとを大事にできるように今を生きるしかないのかな。