風邪気味だったもので | 曽爾村民による曽爾村の日常

曽爾村民による曽爾村の日常

訪問ありがとうございます。
曽爾村民と名乗っていますが、仕事の都合であまり曽爾村について書く暇がありません。たまに書きます。
よろしくお願いいたします!

こんばんは。お久しぶりです。だいぶ日数が空いてしまいました。すみませんm(_ _)m

1週間ほど前から風邪気味で、なかなか咳が治らずです。
まあ、一時に比べたらはだいぶマシにはなってきているんですが、家族から信用ならず・・・「ぜんぜん寝れん!」と怒られています(泣)

そんなこともあり、休みの日はどこにも出掛けずに、家で大人しくしています。
しかし、休んでいるだけでは暇だったので、家の本棚で眠っていた『曽爾村史』と『曽爾郷土誌』を読んでみました。







曽爾村にいくつか方言があります。そこで初めて知った方言があり、1番気になったのが、
「ケンズイ」=三時のおやつ
「クチナウ」=蛇
「アサオチャ」=午前中に食べる間食
というのがあるそうなんです。
今でも言ってるのかなぁと不思議に思ったんですが、祖父母に聞けず・・・。

あ、ちなみに、奈良の方言って、天辻峠・小南峠・伯母峰峠を境に、北中部の北部方言と奥吉野の南部方言に大きく二分されるそうで。曽爾村は、南和方言の宇陀方言なんだそうですよ。

そういえば、曽爾村の最初の住民って、誰だか分かりますか。

もともと、曽爾村は狩り場だったみたいなんだす。
村内の東に位置する倶留尊・亀山・古光山などなだらかな山々と、その斜面と山麓にひらける雄大な高原が、野生する鳥獣のねぐらとなるにふさわしく、一方西側には鎧岳・兜岳・屏風岩など柱状節理の岩肌もあらわに、獣類が阻まれるような山々があります。
この環境は、弓矢を手にして狩りする小集団の先史人にとって、まさに絶好の狩り場であり、住居を構えることのできる生活の舞台でもあったそう。

また、山岳地帯の水を集めて北流し、青蓮寺川・名張川・木津川もなる曽爾川の清流は、淡水魚族の棲息する適当な漁場もなって、先史人の生活に豊かや彩りを添えることができ得たであろうと考えられています。


まあ・・・
曽爾村の歴史など書いたところで、興味のある方はいらっしゃらないだろうなぁ、、、
もし『曽爾村史』と『曽爾郷土誌』が気になった方は読んでみてください!
そして気が向いたときに、また曽爾村の歴史でも書いてみます!

最後に、実は
『曽爾村史』と『曽爾郷土誌』を読んだ本当の目的は、『ぬるべの仙女』や『お亀ケ池の大蛇』など、曽爾村の伝説を久しぶりに読んでみたかったんです。しかし、載ってなかった・・・。

どこにいけば読めるかなぁ。
ご存じの方、居ますか?

それでは!