赤、青、鬼 | 曽爾村民による曽爾村の日常

曽爾村民による曽爾村の日常

訪問ありがとうございます。
曽爾村民と名乗っていますが、仕事の都合であまり曽爾村について書く暇がありません。たまに書きます。
よろしくお願いいたします!

こんばんは。
今日は、久しぶりの出張で、三重県まで行ってきました。

出張先の先方(以後Mさん)と待ち合わせの駅は榊原温泉口駅でしたが、温泉に入るために来たわけではないんですよ。
仕事のために来たんですよ。←ここ重要











のどかですねぇ。





事前にMさんと連絡取っていたので、駅前で待ってくださいました。Mさんが、打ち合わせ場所まで車で送ってくださり、3時間ほど仕事の打ち合わせをしました。その後、営業周りを共にしました。

仕事が長引いたので遅めの昼食なりましたが、Mさんオススメの『Mandarin』というcafe&barへ案内してくださりました。







僕の注文したのは、以下の写真です。
とても美味しかったです。









今日は久しぶりの出張で疲れましたが、自宅に帰ると、いきなり家族に豆を投げつけられました。
「何ぞや?!」と思った瞬間、今日は節分だと思い出しました。

節分は、雑節の一つで、各季節の始まりの日(立春・立夏・立秋・立冬)の前日のことをいいます。即ち2月3日が節分で、4日は立春となります。
中国の大儺(たいな)が源流で、恐ろしい形相の面をつけた呪師が疫鬼をおいはらう行事です。

古くは朝廷で行われていた行事で、706年(慶雲3)に、沢山の人民が疫病で死んだので、土の牛をつくって、初めての鬼払い儀式が行われたことが、「続日本紀」に記されております。
江戸時代になると、春を迎えるる厄払いの行事として、諸国の神社や家庭に広まりました。

さて、鬼はどこからやってくるのでしょうか?
鬼は「鬼門(きもん)」と呼ばれる北東からやってきます。



鬼門というのは北東(丑寅=うしとら)の方位を指し、鬼が出入りする方角のことを言います。
鬼門である丑寅は、時刻にあてはめると深夜2時~4時ぐらいで、方角でいうと北東となるため、真夜中に北東からやってきます。

▼鬼の格好や正体とは





・トラ皮の服やふんどし
・金棒
・角
・きば
・ぼさぼさの髪
・見開いた目
・力持ち
がイメージしやすいですね。

北東のことを昔から「丑寅(うしとら)」というので、ウシの角とトラのきばを持ち、トラの皮でできたふんどしや服を着ています。
実は、鬼の「角」はアンテナの働きをするものなのです。尖っているものはどんなものでも受信力が高いものです。
アンテナが受信力の高さ、つまりパワーを表しているのです。
トラは千里を行って、千里を帰ると言われる程の精力の持ち主で、そのパワーの源は虎皮に含まれています。
そこで、この丑(牛)と寅(虎)の姿を想像して作り上げられたのが鬼というキャラクターだったのです。

▼では、なぜ鬼をやっつけるのでしょうか?
鬼は邪気や厄の象徴とされ、形の見えない災害、病、飢饉など、人間の想像力を越えた恐ろしい出来事は鬼の仕業と考えたからだそうです。
特に新しい年や季節目の変わり目に鬼がやってきやすいと言われていました。
中国から日本に入ってきたのは飛鳥時代で『鬼やらい』と呼ばれて、年の終わりに鬼や疫病を追い払い、新しい年を迎えるという儀式でした。

▼大豆を使って鬼退治する理由

昔、京都の鞍馬に鬼が出たとき、毘沙門天のお告げによって大豆を鬼の目に投げつけたところ、鬼を退治できました。
大豆は五穀のひとつで穀霊が宿るとされており、米に次いで神事に用いられてきました。米よりも粒が大きく、穀霊で悪霊を祓うのに最適です。
「魔の目(魔目=まめ)」に豆を投げつけて「魔を滅する(魔滅=まめ)」に通じるということなのです。

今日は、奈良県の各地で(各お寺や神社で)、節分に関する行事が行われましたね。
僕は、行きたくてウズウズしておりましたが、仕事のため我慢しました。

また本当は、もっと節分について書きたいところですが、今日は出張で疲れたので、このあたりで終わります。

それでは。