阪神・四川
先週の散歩の途上の撮影。逆光で、地上の全てが、光の下に、ただ、大地としてひとつになる。
今日は、14年目の阪神大震災の日ですね。
たまたまですが、昨夜、BS1のドキュメンタリーは、四川の大震災のその後を取材したものでした。
阪神も大変ですが(今も)、四川のそれは、少し違う次元での悲しみを、感じました。
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中国政府はほぼ無能で、
弱肉強食文化の中国故に被災者とそうでない人々はいがみあい、
心のケアなどという言葉さえないこの土地では、愛するものをなくした人たちは、ただ放置され、心の傷は深くなるばかりなのでした。
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炭鉱で働いていた男性は、一人息子を失い、仕事も失ったので、チベットに、出稼ぎに行きました。
息子さんは、脆弱な耐震の学校でなくなりました。
その誕生日に、おばあちゃんは、子供達の共同墓地に行き、孫に語り掛けました。
男性から、携帯に電話が掛かりました。
わが子に、語りかけるためです。
しかし、おばあちゃんが「今、お墓よ」というと、・・・電話の向こうからは、その途端に嗚咽が届き、ずっと、それだけが、聞こえるばかりでした。
「泣かないで。私も泣かないから」
泣きながらおばあちゃんはそう言います。
男性の、ケータイの向こうの嗚咽はとまりません。
「あの子に、何か言ってあげて」
気持ちを振り絞って、彼は、ただひとこと、言います。
「・・・会いたいと、・・・伝えてください。・・・」
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昨夜、14年前の死者と同じ数のロウソクをともした黙祷が、静かに伊丹に広がっているのを、ニュースで、見ました。
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以前も一度書いたことがあるけれど、私が高校三年の時に、同級生の女子が脳腫瘍で亡くなっています。ご両親とも会いました。
よく、思うのです。
自分の子供を喪って、それでも親は、生きていくということ。生きていかねば成らぬということ。僕には子供は居ないのに、それでも、そのような事態を、想像するだけで、・・・実は、今、涙でPCの画面がよく見えません。
せめて、傍に居る人々同士が、言葉に出来ない悲しみを、わかってあげられますように。
バラマキの定額給付金は、親を喪った子供関係の団体への毎月の寄付に、全て入れようと思います。