サンチャペル雑記帳 -17ページ目

サンチャペル雑記帳

神奈川県二宮町にある教会です

相手が有名人で、多くのセキュリティに、守られていたら、接触どころか、近づくことさえ難しくなります。

私達と共にいて、寄り添って下さる神様が、遠くなり、感じられなくなるのは、なぜでしょう。

命の源であり、永遠の父。その横に、命の恩人で、しかも、友達であり、永遠の大祭司が、おられます。

主イエスは、あなたのことを、手招きして、呼んでおられます。恵みの御座への道は、開かれています。救い主・イエスキリストに、よってです。
人生は、出会いで決まる。有名な言葉のようです。私達が、まだ、自分勝手に生きていた時に、主は、私達に近づき、声をかけて下さいました。



なぜ?わたしに。と、いう問いに答えは見当たりません。それは、選びとか恵み、派遣や使命等々、様々な理解があるでしょう。



私を愛しているからだと思えることが、大切です。主と出会い、神様との親密な関係の中で、生きていく。



新しい人生・新しいいのち・新しい創造。神様との出会いは、私達の人生を変えます。
知るという言葉は、愛という言葉と同じくらい、実は、理解されていない言葉です。

実際、意味が深い言葉です。検索してみますと、実際に見る、噂を聞く、触る、使ってみる、研究する、味わう。

私達が主を知るという事は、最も心の深いところです。聖霊が私達を、彼は、主であると教えてくださるのですが、まず聖書の言葉から、イエスについて、知ることが、スタートです。

知性・感情・意志の、全人格で神様を知る。これが、聖書の知るということではないでしょうか。
神様の言葉が、私達の空虚さを埋めることの出来る、唯一のものであるならば、それ以外のもので、埋めようとするなら、どうなるでしょうか?

人は、様々なものに、手を出し、捕らわれてしまい、がんじがらめに縛られていくのかもしれません。

私達のために、命を捨てて、愛してくださるお方の言葉が、内に入らないなら、誰の言葉を信じて、受け入れ、従うのでしょうか?

信仰の土台は、神様の言葉です。主は、本当に、よみがえられました!ハレルヤ!感謝致します!栄光在主
私達の感情の中で、かなり、厄介なものの1つに、怒りがあります。

倍返しという言葉が流行りましたが、その背景に、私達の人間性の一端が、現れています。

モーセも、自分の怒りを制御出来ないことがありました。

主は、聖さと怒りを、神の一人子イエスの上に、注がれました。あなたは、怒りを、どう表現しますか?心を、見張っておられますか?

神の国は、あなたの、ただ中にあります。神の国の支配と統治は、私達の内に及び、働いています。平安がありますように!栄光在主