インド映画「マニカルニカ ジャーンシーの女王」 | ソンブーンのブログ

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2026年3月1日(日)

 

映画専門チャンネルのムービープラスで放映を録画しておいて観ました。

2019年のインド歴史・アクション映画。ラーダ・クリシュナ・ジャカルラームディ監督。カンガナー・ラーナーウト主演。

イギリスの支配・圧政に異を唱え、イギリス軍と戦ったインドのジャンヌダルクのような存在の実在の女性がいたことを初めて知りました。

僕の評価は5点満点で3.8です。

 

作品紹介(映画コムより)

ラクシュミー・バーイーの名で人びとに親しまれ、インドのジャンヌ・ダルクと称される実在の女性指導者の活躍を描いたスペタクルアクション。僧侶の娘に生まれたマニカルニカは、幼い時から男子同様に剣術や弓、乗馬などを習得し成長した。ジャーンシー藩王ガンガーダル・ラーオとの縁談により、ジャーンシーに嫁いだマニカルニカは藩王からラクシュミーという名を与えられ、彼女は人びとからラクシュミー・バーイーと呼ばれて親しまれるようになる。しかし、授かった王子が亡くなり、ほどなくして藩王が病死するというジャーンシー藩の危機に乗じて、イギリスは藩王国を併合。ラクシュミーは城を後にするが、1857年にぼっ発したインド大反乱で、ラクシュミーも国のために立ち上がる。主人公を「クイーン 旅立つわたしのハネムーン」のカンガナー・ラーナーウトが演じる。原案・脚本に「バーフバリ」シリーズの原案も担当したV・ビジャエーンドラ・プラサード。

 

ストーリー(ウィキペディアより)

ヴァーラーナシーで生まれた少女マニカルニカは、マラーター王国の元宰相バージーラーオ2世と実父モーロパントの教育を受け、バージーラーオ2世の住むビトゥールで育った。成長したマニカルニカは武芸に秀でた女性となり、ジャーンシー藩王国の大臣ディクシトから藩王ガンガーダル・ラーオとの結婚を申し込まれる。結婚を承諾したマニカルニカはジャーンシーの人々に祝福される中で、ガンガーダルから新たに「ラクシュミー」の名前を授けられる。同じころ、イギリス東インド会社と結託して藩王位を狙う王弟サダーシヴは、イギリス軍将校たちと陰謀を企てていた。藩王妃となったラクシュミーは王宮ジャーンシー城英語版)に留まらず領内を巡り、サングラム・シンやジャルカリたちとの出会いを通し、領内を我が物顔で振る舞うイギリスの姿を目の当たりにする。

そんな中、ラクシュミーは王子ダーモーダルを出産するが、ダーモーダルは夭折し、夫ガンガーダルも病で衰弱していく。息子を喪い悲観に暮れるラクシュミーに対し、ガンガーダルは併合を目論むイギリスからジャーンシーを守るため、養子を迎えようと提案する。養子にはサダーシヴの息子が決まっていたが、最終的に養子になったのはラクシュミーの側に歩み寄った別の子供だった。ガンガーダルは養子となった子供に「ダーモーダル」の名前を授けるが、決定に反発したサダーシヴはラクシュミーへの服従を拒否して国外追放される。数か月後、ガンガーダルが病死してラクシュミーが摂政としてジャーンシーの国事を掌握するが、イギリス東インド会社は「失権の原理」を口実にジャーンシーの併合を画策する。総督ダルハウジー侯爵の指令を受けたゴードン少将の部隊が王宮を制圧すると、ラクシュミーは服従を拒否して王宮を退去する。退去する彼女の元にはジャルカリたちが集まり、ラクシュミーは群衆を引き連れて野に下った。

1857年。インド大反乱が勃発し、ジャーンシーではサングラム・シンが蜂起してイギリス軍本部を攻略し、ゴードン少将を殺害する。駆け付けたラクシュミーはゴードン少将の妻子を保護するように指示して王宮を奪還するが、妻子はイギリス東インド会社に身を寄せていたサダーシヴによって殺害され、ラクシュミーの犯行に偽装される。総督カニング卿は本国政府に打診してヒュー・ローズ卿英語版)を司令官に迎え、ラクシュミー討伐の指揮を命じる。イギリス軍の攻撃に備えるため、ラクシュミーはジャーンシー軍の他に女性たちを集めて訓練を始める。ローズ卿はジャーンシー城を攻撃するが、ラクシュミーの反撃に遭い敗退し、ローズ卿はラクシュミーへの雪辱を誓う。彼はサダーシヴの情報を基に城壁を破壊してジャーンシー城内に進軍し、圧倒的な兵力差で城内を攻略する。ジャーンシー軍はガウス・カーンが戦死し、ラクシュミーはダーモーダルを連れて城を脱出する。ジャルカリは時間を稼ぐためラクシュミーに扮して夫プーランと共にイギリス軍の注意を引きつけ、イギリス兵を巻き添えに爆死する。一方、ローズ卿は用済みとなったサダーシヴを拘束する。

カールピーに辿り着いたラクシュミーは剣術の師であるタンティヤ・トーペーと合流し、グワーリヤル城を無血開城してマラーター王国の再興を宣言する。ローズ卿は部隊を増強してグワーリヤルに進軍し、ラクシュミーは侍女カシバーイーにダーモーダルを託して決戦に挑む。ラクシュミーの部隊はイギリス軍の大軍に圧倒され、ラクシュミーも狙撃され重傷を負う。ラクシュミーの首を狙いローズ卿が迫る中、彼女は戦士としての気高い死を選び、自ら炎に身を包む。大反乱鎮圧後、降伏したダーモーダルは貧困と病気に苦しみながらも1903年まで生き、サダーシヴは1870年に処刑され、戦死したガウス・カーンはジャーンシー城に埋葬された。ローズ卿は後に自叙伝を執筆し、ラクシュミーの武勇を賞賛した。