原田マハ「リーチ先生」読了 | ソンブーンのブログ

ソンブーンのブログ

ブログの説明を入力します。

2021年10月26日(火)

 

原田マハの特徴は絵画や芸術に詳しいので、芸術家を主人公にした小説多いことです。本作品では、20世紀前半から活躍したバーナード・リーチという実在のイギリス人陶芸家を彼の架空の弟子の視点から見た半生が描れています。柳光悦が唱えた「用の美」や民芸運動についても理解を深めることができる好著です。

 

2019年6月、集英社文庫。597ページ。

 

作品紹介(雑誌すばるのサイトより)

カレンが回復してアフリカに戻った後、第一次世界大戦は終わりを迎えようとしていた。しかし、浮気性のブロアとカレンの結婚生活が変わらないのは明らかで、ついにカレンは、ブロアに家から出ていくことを求める。それからカレンとデニス・フィンチ・ハットンとの仲が深まり、2人は恋人同士になる。カレンは、2人の間を継続的な関係にしようと試みるが、やがてデニスのことを、まるでアフリカそのもののように、手にすることも手なずけることもできない人なのだと知る。デニスは、ぜいたく・所有・肩書きといったヨーロッパの習慣よりも、雄大な土地で牧畜生活を営むマサイ族の自由

柳宗悦らとの邂逅が描かれ、白樺派や民藝運動の意味にも迫る。プロローグで、リーチは「偉い先生」として現われる。だが彼も無名の若者だったのだ。〈「白樺」は、個性をもった若き芸術家たちの集合体だ。「烏合の衆」になってしまうのではなく、それぞれが違った色をもち、けれど調和がとれているのが、いちばんなのだ〉。まさに森である。高さも樹齢も違う木があって、多様な動植物がいた方が森は豊かで、調和しているのだから。また、私生児として生まれた亀乃介が、リーチを慕って成長する姿もいい。父と子、師と弟子の物語でもある。

〈耳で聞くこと。頭で理解しようとしないこと。……誰かと会話を成立させたいと、強く願うこと〉。読みやすいエンタメ小説だが、アメリカの大統領選でリベラルが敗れた今、示唆に富むところも多いと思う。百年前の知識人は純粋で、私利私欲ではなかった。昔がよかったというわけではなく、改めて知っておきたい生き方や思想が物語の中にあるのだ。

 たとえば河井寛次郎についてこう記されている。〈有名になればなるほど、彼は無名を重んじるようになった〉。芸術や芸術家の人生を通して捉えたものを伝える、著者の物語はあたたかい。

で素朴なアフリカを好んでいた。デニスはカレンの家に移ってきたが、カレンの、物や人までも「所有」したいという欲望を批判し、結婚することも自由な生き方をやめることも拒否し、ただ一枚の紙切れに過ぎない結婚が、デニスの彼女への愛を増やすことにはならない、と話す。カレンはそれを認めざるを得なかった。梅毒によって自らの子供を産めなくなったカレンは、学校を創って、読み書き・算数・多少のヨーロッパ式の習慣を、その地域の部族の子供たちに教えることを決めた。しかし、コーヒー農場は経済的困難に陥り、やりくりするために銀行の融資に頼らざるを得なくなる。農場は、始めてから数年が掛かったが、ついに良い収穫を上げるに至った。しかし壊滅的な火災が起こり、農場・作物・すべての工場設備が燃やし尽くされてしまった。

無一文になって、またデニスとの恋人関係も終わり、英領東アフリカが植民地ケニアとなる中、カレンはアフリカを離れデンマークの故郷に戻る用意を始める。カレンは、家を空っぽにして、自分のすべての贅沢品を慈善バザーに供出する。空っぽになった家に、その夜デニスが訪れ、2人は最後のダンスを踊った。デニスは、数日後にはまた戻ってきて、カレンの帰国の旅の出発点となるモンバサまで、彼の飛行機で送ると約束した。しかしデニスが戻ることはなく、飛行機が墜落して死んでしまったということを、カレンは聞かされる。全てを失い、カレンはンゴング・ヒルズでの葬儀に参列する。亡くなったデニスに代わって、カレンの召使いの長であるファラが、カレンをモンバサ行き列車に乗る駅へと送った。

カレンは後に作家・語り手となり、再びアフリカに戻ることはなかったが、アフリカでの経験について執筆した。