映画「王になろうとした男」 | ソンブーンのブログ

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7月7日(月)


フジテレビの深夜放映を録画して観た。


1975年製作の米映画。ショーン・コネリーとマイケル・ケインが主演。

随分古い映画だが、ストーリーが奇想天外で、イギリス人がアフガニスタンの一地域の王になるというスケールの大きな冒険野郎の映画で面白い。最近の映画では、この種の冒険野郎の話は映画にも小説にも登場することが少なくなったのは、生きにくい世相を反映しているようでやや寂しい。難を言えば、ストーリーの展開が大雑把すぎて、「それはないでしょう。」と突っ込みを入れたくなった場面が何箇所かありました。


ストーリー(ウ

この話の語り手は、インドにいるイギリス人ジャーナリスト、キプリングです。彼がインドを旅行中に二人のだらしない冒険家ダニエル・ドレイヴォトと、ピーチ・カーネハンに会い、好意をもちました。それでしたので、彼らが、あるラージャを脅迫するのをやめさせました。数ヶ月後、彼らは、ラホールにあるキプリングのオフィスに訪ねてきて、彼らの計画を語りました。彼らは、「兵士、水夫、植字工、写真家、鉄道技師、些細な請負業者」などをやってきましたが、インドは彼らには狭すぎると考えるようになりました。翌日、彼らは、王になるためにカフィリスタンへ旅立ちました。ドレイヴォットは現地人になりきり、20丁のマルティニ・ヘンリー銃を持っていくつもりでした。当時としては世界最高の銃です。彼らは、王か首長に会い、彼が敵を倒すのを手伝い、その上で、その地位を乗っ取ることを計画しました。彼らは語り手に、その地域に関する書籍や地図を調べてくれるよう頼みました。というのも、彼らはフリーメーソンのメンバーであり、また、恐喝の計画を台無しにしたからです。

二年後、灼熱の夏の暑い夜に、カーネハンは、語り手のオフィスに這って入ってきました。彼は、失意の身で、ぼろをまとう乞食になっていましが、驚くべき物語を話しました。ドレイヴォトとカーネハンは王になることに成功していました。カフィールの人々を捜し出したところ、彼らは白人にでした(「毛むくじゃらで、白く、そして公正だったので、ただ、古い友人と握手するだけでした)。軍隊を整え、村々を占領し、統一国家を作ることを夢見ました。カフィールの人々は異教徒でイスラム教徒ではありませんでした。ドレイヴォットをアレキサンダー大王の息子と認め、神として崇めました。カフィールの人々はフリーメーソンの儀式を行っており、その地の年長の司祭だけが知っているフリーメーソンの秘密を冒険者達は知っていたのです。

ドレイヴォットがカフィールの少女と結婚することを決めた時、この計画は崩れました。神と結婚することを畏れており、ドレイヴォットがその少女に口づけしようとすると、彼女は彼に噛みついたのです。彼が血を流すのを見て、司祭達は、「神でもなく、悪魔でもなく、単なる人間だ」と叫びました。カフィールの人々の多くがドレイヴォットとカーネハンに背きました。「ビリー・フィッシュ」と名付けた首長と数人がドレイヴォット達に忠誠を誓い人々と戦いましたが、敗れ、結局二人の王は捕らわれました。

王冠をかぶったドレイヴォットは渓谷にかかる吊り橋の上に立たされ、カフィールの人々はその繩を切ると、彼は転落して死にました。カーネハンは二本の松の間に磔にされました。しかし、一日たっても生きながらえていたので、カフィールの人々は奇跡と思い、彼を自由にしました。カーネハンは乞食をしてインドに戻りました。

この話の証拠として、カーネハンは語り手に、金の王冠を頭に抱いたドレイヴォットの頭を見せて、部屋から去りました。翌日、語り手は彼が帽子もかぶらず、少し狂いだして、炎天下の道を這っているのを見つけたので、地方の病院に入院させました。二日後、語り手が病院を訪れた時、日射病でカーネハンが死亡したことを知らされました。「昼日中、無帽で日の下にいたから、・・・」。持ち物は何も残されていませんでした。

ィキペディアより)