親父が死にました…
2008年5月9日、私の43回目の誕生日の次の日に逝きました。
昭和8年生まれの76歳・・・
世間ではまだまだ若いのに・・・
だけど癌じゃ仕方ない・・・・
しかも執刀医は私の弟(二外科)だったし、お袋は看護婦40年以上のキャリアだから
それなりに覚悟は出来てた・・・・
「お父さん、大腸がんで肝臓に転移してる場合、全部腫瘍を切除しても
生存率は5年で20%だよ」ってサラッと弟が言った・・・
「そのうち2年以内に亡くなる確立は80%」
100人この病気になったら5年以内に80人は死んで、2年以内に死ぬ確立は更にその80%
だから64人はこの2年の間に死んじゃうんだから、今からは好きなものを食べて行きたいところへ
行って、楽しく過ごしたほうがいいよ」だって・・・
さすが医者だとは思ったが、さすがに自分の親を目の前にして、言えるものかと思ったが
それは親父に対する優しさだったのかもしれない・・・
一番親父が何気に分かってると思うから実の息子から言われたほうが覚悟も出来たんだとおもう。
あれから1年・・・入退院を繰り返し、わがままを言っては病室で煙草は吸うわ、暴れるはで
お袋は大変だったと思う・・・
だけど、死ぬ間際はおとなしくて「痛い」とも「苦しい」とも言わず午後3時30分に息を
引き取った・・・
3番目の弟はGWの休みを利用して4月末から帰郷してたが、仕事の関係で
7日には一旦神戸へ帰っていた。
バタバタしてトンボ帰りしたが息を引き取る10分後に病院に着いた・・・
お袋、私、2番目の弟の3人は死に目にあったけど、親父が一番かわいがっていた
3番目の弟は間に合わなかった・・・。きっと親父は見せたくなかったんだろう・・・
いつまでもやさしい親父で居たかっただろうし、「俺が死んだら悲しむだろうな」って
思ったのかも・・・だから死の直前の悲しみを経験させたくなかったのかもね。
親父と僕が最後に交わした言葉は、亡くなる3日前・・・
「じゃあまた明日来るね。 帰るからね!」って声をかけて病室を出るとき
ちょっと間があいて
「気をつけて帰れよ」ってはっきりした口調で言った事だった。
ちょっと寂しそうな声にも聞こえた・・・
けど病人じゃないくらい、はりのある声だったから「大丈夫そうだな・・」って
思ったんだよね・・・・
僕は今43歳・・・
確か30歳ぐらいのときだったと思う、親父が64~5歳ぐらいかな?
腕相撲をしたときだった・・・
僕は身長183で体重もその頃は82㌔。結構体力にはまだまだ自信があった
親父の腕っぷしはまだまだ健在だった。やっとの想いで勝ったけど、普通じゃ考えられない、
そのときの握力は親父、確か80キロ近くあったような気がする・・・
身長は僕と変わらないくらいで182だったかな?
体重は100キロオーバーしてたけど・・・
昭和8年生まれにしては巨漢だよ!!!!
まだまだ話し足りないなあ・・・
やっぱ身内がなくなると何気ない出来事だったことがとても貴重な思い出になる
親父は僕のライバルであり目標であり師匠だった・・・・