去年までは「介護」と関わりのある仕事をしていました。

それまでの麻酔とか一般診療と異なる現場でいろんな経験をしました。

その中でも

「看取る」

「看取り」


について
(これは終末期医療のお話になりますが)
感じることがあります


その方が最期の時を
どこで
誰と
どのように  過ごしたいか

もし明確に意思表示ができれば
もう少し明るい介護の現場になったかもしれません

しかし
意思表示も無く(できなくて)
過去に話し合ったこともない場合
残った家族が決めることになります


お母さんは家が好きだった
お父さんはお母さんのそばにいたいと思う
お母さんは人の世話になりたくないと思う
お父さんはひとりが嫌いな人
お母さんは1人で気ままにするのが好きな人

施設で亡くなるのは・・・ご近所になに言われるかわからないから病院がいい

管をたくさん付けるとか、そういうことは可哀想

できるだけのことは全てやって欲しい




実に様々な意見が飛び交い

結局
できること
すべきこと

病状、現状とすり合わしながら話を進めていきます

必ずおとずれる最期

その時を
穏やかに
安らかに
その方らしく迎えていただけるように

私達医療の現場にいる者はもちろん
介護者も全力をつくさなければいけません


お国の方針は
「在宅」です


お家へ帰ろう
お家で過ごそう


しかし
現実、共働きで子供がいて介護の必要な家族を抱えるのは厳しいわけです

そこに様々なサービスを配置しうまく利用しながら前進していくことが必要です


しっかりと老いを見つめ
考え
意思表示できるうちにはなしておく

その先に
おだやかな最期があることが多いように感じます