日本企業の進出に発したアジアの「物流覇権争い」日本はこの点でも欧米ばかりでなくアジア諸国からも大きな後れをとっている。
ただ、アジア経済状況を考えると、85年9月のプラザ合意による急激な円高以降、アジア域内における生産、物流は「日本企業を中心に展開されてきた」ということもできる。
円高により日本の主力企業は、アジア各地に生産拠点をシフトした。
そして同地域内における現地工場間の部品調達や完成品の輸出入を促進したのである。
その結果、米国やオーストラリアなどの環太平洋諸国も含めた広域貿易が活発化した。
同時に域内全体の物流も多大な刺激を受けることになったわけである。