「悪いことをするとすると
罰せられることは当然である」
と云うのが人類の思い込みであり
ほとんどの人の常識ではないか、
と思う。
私はそれを変えたい。
自分の中にあるそれを
世界のそれを。
先日リン・ツイストさんの
講演に行って新たにした
私の決意だ。
もちろんすべての人は、
自分の好きな信念を選んで
生きて行くことができる。
私たちは自由だ。
私が他の人の思い込みや
常識を変えようとするなんて、
おこがましさ100%だ。
それでも敢えて
このように云い切る形で
云わずにはおれない
情熱が私にはあるのだ。
昨夜遅くFacebookを
眺めていると
とあるコンサルタントで
講師的な人の記事へと
導かれた。
自分のセミナーに申し込んでくれた
クライアントさんが、
1)支払い期限になっても
入金がない。
2)もらった連絡先に連絡したが
連絡が帰って来ない
3)Facebookで名前を検索したら
出て来たのでメッセージしたら
「体調が悪いので行くかどうか様子を見たい」
と返事が来た。
とのこと。
その講師はここでキレたらしく
「こういうバカを撲滅したい。」
「もうほんとこういうバカは
セミナー行っている場合じゃなく
ブラック企業にでも勤めて
腐った根性を叩き直してほしい。」
と実名を晒してはFacebookの
その人の投稿をタグ付けした。
なんと!
ここでの問題点はなんだろう。
みんなも考えて欲しい。
まずは仕事をする人としての
倫理から見てみよう。
1、仕事を通して知り得た個人情報である
「名前」を無断で公開していること
2、その人との会話の内容などを
無断で公開して、侮辱するような
言葉を使って非難していること
の二つの問題がある
と私は思っている。
誰が自分のところに
申し込んでくれたか、
誰が自分のところに来てくれたか、
職種によっては、
誰が購入してくれたか、
と云うのは
決して本人の許可なく
口外してはいけないことだと
私は思っている。
本人がそのことを
他人に知られたくない
と思っている可能性だってあるし、
これと云って
そうでなかったとしても、
自分以外の人に
自分のことを公開されるのは
気持ちのいいものではない。
これは対人援助の仕事を
する人だけでなく、
物を売る人にも
同じ倫理が適応されると思う。
次の問題だと思ったのは、
この講師が、
自分がしたこと
「個人情報の無断公開」と
「侮辱」(私の解釈)
(事実的には「バカ」と云う言葉)
を当然だと思っていることの
中にある。
上に書いた1)、2)、3)
の理由があるので
この人の言葉を借りれば
「仕事をバカにしている
大人としてのルールを守れない」
という理由で、
「実名を晒して公で侮辱する」
ということを当然だ、
と思っていることの中にある。
そこにあるのは、
「悪いこと」
をしたら
「罰していい」
と云う思い込みだ。
そしてその「罰する」権利を
彼が持っている、
と信じていることだ。
(そして私も心のどこかで
自分の方が彼を
罰していいと信じていたり
することに気づいていたい)
驚いたのは
彼が自己弁護的に書いた
(と私が解釈している)
「大人としてのルールを守れない
人間のクズは断じて許さない」
「リスクはあるけど匿名投稿のブログ記事
じゃなく個人名を晒しました。」
と云う
その後の記事に356人もの人が
いいね!をして賛同していること!
そしてこの人の云っている
「リスク」と云うのは、
自分の側の仕事への影響だけで、
晒された側への影響(リスク)への
配慮はゼロ。
ああ!
それから
「私は真剣に誠実に仕事をしているだけ。
仕事をなめている人間は許さない」
と続く、、、。
お申し込みをしてくれた
方々への対応は
仕事ではないのか?
もしもこの方が
Facebookで独り言を
ブツブツ云っているだけなら
私もこうして記事を書く
気持ちにはならなかったかも
知れない。
だけどこの方は
それなりに影響力を持ち
上記の言葉が書かれた
彼の記事にはさっきも云ったように
356ものいいね!がついており
そこには私のFBお友達の
姿もあったから、
黙ってはいられなかったのだ。
さてこの出来事をきっかけに
また私は、
自分がこれまで公では
語って来なかったビジョンを
語ることにしようと思う。
この続きはまた別に書きますが、
ここまでのところ、
この記事の
シェア、拡散、希望します。
お役にたてる人が
いますように。
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罰せられることは当然である」
と云うのが人類の思い込みであり
ほとんどの人の常識ではないか、
と思う。
私はそれを変えたい。
自分の中にあるそれを
世界のそれを。
先日リン・ツイストさんの
講演に行って新たにした
私の決意だ。
もちろんすべての人は、
自分の好きな信念を選んで
生きて行くことができる。
私たちは自由だ。
私が他の人の思い込みや
常識を変えようとするなんて、
おこがましさ100%だ。
それでも敢えて
このように云い切る形で
云わずにはおれない
情熱が私にはあるのだ。
昨夜遅くFacebookを
眺めていると
とあるコンサルタントで
講師的な人の記事へと
導かれた。
自分のセミナーに申し込んでくれた
クライアントさんが、
1)支払い期限になっても
入金がない。
2)もらった連絡先に連絡したが
連絡が帰って来ない
3)Facebookで名前を検索したら
出て来たのでメッセージしたら
「体調が悪いので行くかどうか様子を見たい」
と返事が来た。
とのこと。
その講師はここでキレたらしく
「こういうバカを撲滅したい。」
「もうほんとこういうバカは
セミナー行っている場合じゃなく
ブラック企業にでも勤めて
腐った根性を叩き直してほしい。」
と実名を晒してはFacebookの
その人の投稿をタグ付けした。
なんと!
ここでの問題点はなんだろう。
みんなも考えて欲しい。
まずは仕事をする人としての
倫理から見てみよう。
1、仕事を通して知り得た個人情報である
「名前」を無断で公開していること
2、その人との会話の内容などを
無断で公開して、侮辱するような
言葉を使って非難していること
の二つの問題がある
と私は思っている。
誰が自分のところに
申し込んでくれたか、
誰が自分のところに来てくれたか、
職種によっては、
誰が購入してくれたか、
と云うのは
決して本人の許可なく
口外してはいけないことだと
私は思っている。
本人がそのことを
他人に知られたくない
と思っている可能性だってあるし、
これと云って
そうでなかったとしても、
自分以外の人に
自分のことを公開されるのは
気持ちのいいものではない。
これは対人援助の仕事を
する人だけでなく、
物を売る人にも
同じ倫理が適応されると思う。
次の問題だと思ったのは、
この講師が、
自分がしたこと
「個人情報の無断公開」と
「侮辱」(私の解釈)
(事実的には「バカ」と云う言葉)
を当然だと思っていることの
中にある。
上に書いた1)、2)、3)
の理由があるので
この人の言葉を借りれば
「仕事をバカにしている
大人としてのルールを守れない」
という理由で、
「実名を晒して公で侮辱する」
ということを当然だ、
と思っていることの中にある。
そこにあるのは、
「悪いこと」
をしたら
「罰していい」
と云う思い込みだ。
そしてその「罰する」権利を
彼が持っている、
と信じていることだ。
(そして私も心のどこかで
自分の方が彼を
罰していいと信じていたり
することに気づいていたい)
驚いたのは
彼が自己弁護的に書いた
(と私が解釈している)
「大人としてのルールを守れない
人間のクズは断じて許さない」
「リスクはあるけど匿名投稿のブログ記事
じゃなく個人名を晒しました。」
と云う
その後の記事に356人もの人が
いいね!をして賛同していること!
そしてこの人の云っている
「リスク」と云うのは、
自分の側の仕事への影響だけで、
晒された側への影響(リスク)への
配慮はゼロ。
ああ!
それから
「私は真剣に誠実に仕事をしているだけ。
仕事をなめている人間は許さない」
と続く、、、。
お申し込みをしてくれた
方々への対応は
仕事ではないのか?
もしもこの方が
Facebookで独り言を
ブツブツ云っているだけなら
私もこうして記事を書く
気持ちにはならなかったかも
知れない。
だけどこの方は
それなりに影響力を持ち
上記の言葉が書かれた
彼の記事にはさっきも云ったように
356ものいいね!がついており
そこには私のFBお友達の
姿もあったから、
黙ってはいられなかったのだ。
さてこの出来事をきっかけに
また私は、
自分がこれまで公では
語って来なかったビジョンを
語ることにしようと思う。
この続きはまた別に書きますが、
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