子供の頃好きだった「源氏物語」を、おとなになって読み返す。



不思議なことに、あのころとは少しだけ違う読み方になっている。

子供の頃も、いまも変わらず、一番好きな巻のひとつが「若菜(上・下)」。

あの頃は、ひたすら「紫の上」の立場に共感しながら読んでいた。

「朱雀院」の愛娘「女三宮」が降嫁することで、

「紫の上」は「光源氏」の正妻(北の方)ではなくなり、

妻のひとりにすぎない立場におかれる。

「紫の上」は、「どうしようもないこと」として決して夫を責めず、

積極的に「女三宮」を迎える準備にいそしみ、

迎え入れた後も「女三宮」と親しく付き合うようにつとめる。

そして、正妻(北の方)でなくなったことについては、

まるで気にしていないかのように受け流し、気丈にふるまう。

しかし、気にしていないふりをしつつも、

「紫の上」の心のなかには、しだいに「絶望」「祈り」に似た思いが育っていく。

そして、「光源氏」と共に余生を過ごすよりも、「出家」して「極楽浄土」に生まれ変わることを願い望むようになっていく。

「光源氏」にとっては、

「紫の上」はかけがえのない妻で、見捨てられて先に「出家」されることを許すことなどできなかった。

「女三宮」降嫁後は、(皮肉にも)「紫の上」の「光源氏」を思う気持ちよりも、「光源氏」の「紫の上」を思う気持ちの方がより強くなっていく。

読者としては、そのふたりの「すれちがい」が「源氏物語」最大の「萌えツボ」だった。

今読み返しても、そのあたりはやはり「萌え」てしまう。

でも、それ以上にすごく感動したのは、

「女三宮」のキャラクターと、その人生についてだった。

「女三宮」というと、

なんとなく「愚かな女性」「愛する価値もない女」「お人形のように生気なく味気ない女」

という「一般的イメージ(ステレオタイプ)」がある。

子供の頃は、「紫の上」に一方的に肩入れして読んでいたせいか、

「女三宮」のイメージは、一般的なステレオタイプそのままで、

「柏木」とのあやまちは「小気味よい」とすら思っていた。

でもいま、あらためて「若菜(上・下)」を読んでみると、

「女三宮」の性格や人生に「共感」してしまい、泣けてきてしまった。

紫式部の書いた文章をよく読んでみると、

「女三宮」は決して魅力のない女性ではない。

年齢のわりには、いつまでも「子供子供」している無邪気な女性で、

小回りがきいたり、気が利いたりしてはおらず、むしろぼうっとしている。

そのため、老練の「光源氏」には物足りず、モテない。

しかし、とても可憐で無心な姿の、かわいい女性なのだ。

「女三宮」は「光源氏」に愛されていないことを気に病んだりはせず、

それなりにストレスもなく自由に生活している。

そこに、プライドが高く思いあがった洒落者の青年「柏木」が登場する。

「柏木」はちょっとセンスのよい垢抜けした男で、

プライドがありすぎるため、「適当なところで物事をあきらめる」ことができない。

普通なら、「女三宮」が「光源氏」に縁づけられたところで自分はあきらめて、

他のもっといいくらいの縁を探し、それなりに満足するのだが、

「柏木」は、いつまでも「女三宮」に想いを残している。

「女三宮」の姉の淑女「女二宮」(「落葉の宮」)を娶ってさえ、

満足できずに、うわべばかり取り繕った扱いをしている。

そんな「柏木」が、「蹴鞠」のシーンで偶然、「女三宮」の姿を見てしまう。

このシーンの「女三宮」は、本当に可愛らしい美貌の女性として描かれている。

もちろん、姿を見られるような場所にいてはマズいので、

そのあたりが「軽薄」「思慮の足りない浅はかな女性」として侮蔑されることも多い。

でも「女三宮」が美しくなければ、「柏木」が萌えたハズはない。

そして「柏木」は、「光源氏に愛されず十分に大切にされていないのはかわいそうだ」

という勝手な「理屈」をつけて、必死に手立てを講じ、

「女三宮」と無理に「密通」してしまう。

「女三宮」にとっては、

「光源氏」に愛されていないとはいっても、あまりストレスもなく過ごしていたのに、

「柏木」の行為は、とても迷惑だった。

でも、そんな「女三宮」の姿は、

「柏木」からみても、密通を知ってしまい嫌味を言う立場の「光源氏」からみても、

「おいたわしい」「おかわいそうな」と受け取られる「可憐」な姿なのだ。

そして「女三宮」は不義の子「薫」を産み落とし、かわいがってくれる父の朱雀院に頼んで、毅然として「出家」する。

「薫」は、「光源氏」亡き後の「宇治十帖」の主人公となる、重要な人物だ。

「光源氏」の血筋でもない「薫」を、次の世代の主人公とするくらい、

「薫」は美しく悩みを抱えた魅惑的な若者として描かれる。

そんな重要な「薫」を産んだくらいだから、

「女三宮」がただの「白痴」「人形」であるハズはない。

「女三宮」に共感して読んでいくと、

「軽蔑」されるようなキャラクターとして常に受け取られてきた彼女の

「ステレオタイプ」とは違う姿が見えてきて、すごく感動して泣けてしまった。

私も、年齢より幼く、子供子供していて、「ぼうっとしていて物足りない」と人から思われるようなタイプだった。

だからこそ、いま読むと、「女三宮」に共感してしまうのかもしれない。

「紫の上」も「女三宮」もそうだけれど、少し年齢が進んでも

「お人形遊び(雛あそび)」が好きな子供だったところなんかも、なんだか共感してしまう。

私のキャラは、どちらかといえば「女三宮」タイプだから、

そのことを「自覚」して振る舞った方が、「対人」的にはいい。

「夕霧」のように、真面目すぎて四角定規に融通の利かない、

面白くない性格を目指したりしては、人生に「失敗」しかねない。

そう思って読むと、「女三宮」の物語が、いっそう「特別な想い」をもって感じられる。

何度ハマってもハマりきれない、1000年昔の物語。

「紫式部」ってすごい。

■「大和絵土佐派」の絵師「土佐光吉」の作品など、安土桃山以降の源氏絵の世界から!


※蹴鞠(「若菜・上」巻)


※蹴鞠(「若菜・上」巻)


※衣配り(きぬくばり)(「玉鬘」巻)


※衣配り(きぬくばり)(「玉鬘」巻)


※野分(台風)後の「秋好中宮」里邸(「野分」巻)


※野分(台風)後の「秋好中宮」里邸(「野分」巻)


※「桐壺帝」は若宮(「光源氏」)の将来を案じ、高麗の相人に運勢を見させる(「桐壺」巻)


※「桐壺帝」は若宮(「光源氏」)の将来を案じ、高麗の相人に運勢を見させる(「桐壺」巻)


※「桐壺帝」の行幸の楽舞で、「頭中将」と共に「青海波」を舞う「光源氏」(「紅葉賀」巻)


※「青海波」を舞う「光源氏」と「頭中将」(「紅葉賀」巻)


※「青海波」を舞う「光源氏」と「頭中将」(「紅葉賀」巻)


※幼い「紫の上」を垣間見する「光源氏」(「若紫」巻)


※幼い「紫の上」を垣間見する「光源氏」(「若紫」巻)


※都落ちし須磨にわび住まいをする「光源氏」が、「惟光」ら従者と歌を詠みかわす(「須磨」巻)


※都落ちし須磨にわび住まいをする「光源氏」が、「惟光」ら従者と歌を詠みかわす(「須磨」巻)


※宇治八の宮を訪れた薫が、箏、琵琶を奏でる大姫君と中の君を垣間見る。撥で月を招く中の君(「橋姫」巻)


※宇治八の宮を訪れた薫が、箏、琵琶を奏でる大姫君と中の君を垣間見る(「橋姫」巻)


※車争い(「葵」巻)


※車争い(「葵」巻)


※「光源氏」の養女「梅壺女御(秋好中宮)」と頭中将の娘「弘徽殿女御」が物語絵の優劣を競う(「絵合」巻)


※「光源氏」の養女「梅壺女御(秋好中宮)」と頭中将の娘「弘徽殿女御」が物語絵の優劣を競う(「絵合」巻)


※娘の斎宮(後の「秋好中宮」)とともに伊勢へ下向する「六条御息所」を嵯峨の野宮に訪れ名残りを惜しむ「光源氏」(「賢木」巻)


※「秋好中宮」の六条院の里邸「秋の御殿」より「紫の上」の「春の御殿」へ、童女に持たせた箱のふたに花もみじを取り交ぜて歌が贈られる「心から春待つ園はわがやどのもみぢを風のつてにだに見よ」(「乙女」巻)


※「空蝉」と「軒端荻」の囲碁対局(「空蝉」巻)


※「空蝉」の寝所に忍ぶ「光源氏」。気配を察した「空蝉」は、傍らに寝入る「軒端荻」を残して部屋を逃れ出る(「空蝉」)


※常陸宮の姫君「末摘花」に想いを寄せる「光源氏」。姫君の気配を伺おうと常陸宮邸の透垣に近づく「光源氏」は、同じく姫に想いをかける「頭中将」と出くわす(「末摘花」巻)


※「光源氏」が都落ちした後、貧しさに耐えひたすら帰りを待ち続ける「末摘花」。都に返り咲いた後、「末摘花」をすっかり忘れていた「光源氏」は、荒れ果てた館を偶然通りがかり、ようやくその存在を思い出す(「蓬生」巻)


※「朧月夜」との出会い(「花宴」巻)


※夕顔の花を所望する「光源氏」のため、花を折り取ろうとする従者に、「夕顔」の侍女から花を載せるための扇が渡される。扇に書きつけられた歌「心あてにそれかとぞ見る白露の光そへたる夕顔の花」(「夕顔」巻)


※「花散里」を訪れる道すがら、「光源氏」の一度逢ったことのある女の住まう風情ありげな館から、にぎやかな琴の音が聞こえる(「花散里」)


※物思いにふける「光源氏」(「若紫」巻)


※雛遊びに夢中の幼い「紫の上」を訪れる「光源氏」。乳母の「少納言」が、「もう奥様なのですから少しは大人らしくなさいませ」と「紫の上」をたしなめる(「紅葉賀」巻)


※「紫の上」を賀茂の祭につれだそうと「光源氏」が手ずからその髪をそぎ、「千尋」と祝いごとをいう(「葵」巻)


※六条院の春の町「船楽の遊び」(「胡蝶」巻)


※六条院・女楽(「若菜・下」巻)


※住吉に詣でて偶然「光源氏」一行の華麗な行列に遭遇し、身分の差を実感する「明石の上」(「澪標」巻)


※「紫の上」の養女として手放す娘「明石の姫君」を腕に抱く「明石の上」(「薄雲」巻)


※「明石の姫君」の御殿。生母「明石の上」から果物を入れた鬚籠や新年の食物を入れた破子などが贈られる(「初音」巻)


※六条院の新春、「明石の上」の御殿を訪れる「光源氏」(「初音」)


※「蛍兵部卿宮」に見せようと蛍の光で「玉鬘」の姿を照らしだす「光源氏」(「蛍」巻)


※「大宮」の喪に服す「玉鬘」を「夕霧」が訪れ、帝の勅旨を伝えるのにかこつけて想いを伝えようとする(「藤袴」巻)


※「略奪婚」のような形で「髭黒大将」と強引に結婚するはめになった「玉鬘」。「髭黒大将」の長年冷え切った仲の妻は、いそいそと「玉鬘」のもとに出かけようとする夫の後ろから、香炉を火と灰もろともに浴びせかける(「藤袴」巻)


※源氏の四十歳の賀宴で祝いの席につく「光源氏」「玉鬘」「玉鬘の産んだ息子たち」(「若菜上」巻)


※「玉鬘」と故「髭黒大将」の長女「大姫君」と次女「中姫君」が、桜を賭けて囲碁を打つところを、「大姫君」に想いを寄せる「蔵人少将」が垣間見る


※出家した「女三宮」と不義の子「薫」を訪れる「光源氏」。幼い「匂宮」が女房に抱かれやってくる(「幻」巻)


※「夕霧」の夢枕に「柏木」が現われ、笛を自分の子孫(「薫」)に伝えてほしいと歌を詠みかける(「横笛」)


※亡き友人「柏木」の妻「落葉の宮」に惹かれていく「夕霧」。「落葉の宮」の母からの手紙を読んでいると、妻「雲居の雁」が後ろから手紙を奪い取る(「夕霧」巻)


※「朝顔の姫君」への想いを断ち切れない「光源氏」。嫉妬する「紫の上」を慰めるため、雪月夜の二条院で雪転しをさせる(「朝顔」巻)


※「朝顔の姫君」から贈られた薫香を受け取る光源氏(「梅枝」巻)


※夕霧が六条院で催した「賭弓の還饗(のりゆみのかえりあるじ)」に匂宮と薫が招かれる(「匂宮」巻)

■好きな和歌から!

「世の中は 夢かうつつか うつつとも
 夢とも知らず ありてなければ」
 (@よみ人知らず(「古今和歌集」))

「見ずもあらず  見もせぬ人の  恋しくば
 あやなく今日や  眺めくらさん」
(@「柏木」(「伊勢物語」より引き歌)「若菜上」巻)

「片糸を かなたこなたに よりかけて
 あはずば何を 玉の緒にせん」
(@「薫」(「古今集」より引き歌)「総角」巻)

「あふことは 遠山鳥の 目もあはず
 あはずてこよひ 明かしつるかな」
(@「紫式部」(「花鳥餘情所引」より引き歌)「総角」巻)

「深き夜の 哀ればかりは ききわけど
 こと(琴)よりほかに えやはいひける」
(@「落葉の宮」「横笛」巻)

「わが恋は むなしき空に 満ちぬらし
 思ひやれども 行くかたもなし」
(@「薫」「東屋」巻/「匂宮」「浮舟」巻(「古今集」より引き歌))

「白雲の 晴れぬ雲井に まじりなば
 いづれかそれと 君は尋ねん」
(@「浮舟」(「花鳥餘情所引」より引き歌)「浮舟」巻)

「へだてなく 蓮の宿を ちぎりても
 君がこころや すまじ(住まじ)とすらん」
(@「女三宮」「鈴虫」巻)

「おほかたの 我が身一つの うきからに
 なべての世をも 恨みつる哉」
(@「中の君」「寄生」巻/「弁のお許」「早蕨」巻/「浮舟の母」「東屋」巻(「拾遺集」より引き歌))

「わが庵は 都のたつみ 然(しか)ぞすむ
 世をうぢやまと 人はいふなり」
(@「紫式部」(「古今集」より引き歌)「椎本」巻) 

「世の人は 我を何とも 言わば言え
 我なす事は 我のみぞ知る」
(@「坂本龍馬」)

「ある時は ありのすさびに 憎かりき
 なくてぞ人の 恋しかりける」
(@「紫式部」(「源氏物語奥入所引」より引き歌)「桐壺」巻)

「たらちめは かかれとてしも うば玉の
 わが黒髪を 撫でずやありけん」
(@「浮舟」(「後撰集」より引き歌)「手習」巻)

「ここにしも なに匂ふらん 女郎花
 人のものいひ さがにくき世に」
(@「尼君の昔の婿の中将」(「拾遺集」より引き歌)「手習」巻)

■自作の和歌(´-`;)

「誰が夢ぞ 誘ふ通ひ路 吹き閉じよ
 我が身ひとつは 風のまにまに」
(@「somethingspecial4」)

「逢魔が原 夢の通ひ路 閉じやせむ
 恋しき人の 風の移り香」
(@「somethingspecial4」)

「夢が関 恋しき人も 来し路を
 閉じやせむとて けふも過ぎぬる」
(@「somethingspecial4」)

「風そよぐ 秋の夜長の 望月の
 淡き月影 ましませ吾が君」 
(@「somethingspecial4」)

■好きなことわざから!

「船頭多くして船山に上る」

「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」

「沈黙は金、雄弁は銀」

「昔取った杵柄」

「三つ子の魂百まで」

「好きこそものの上手なれ」

「人間万事塞翁が馬」

「柳に雪折れなし」

「柔よく剛を制す」

「禍を転じて福と為す」

「為せば成る、為さねば成らぬ何事も」

「癖ある馬に能あり」

「玉磨かざれば光なし」

「四十にして惑わず」

「いずれ菖蒲か杜若」

「百聞は一見にしかず」

「仰いで天に愧じず」

「断じて行えば鬼神も之を避く」

「精神一到何事か成らざらん」

「読書百遍義自ずから見る」