金羽衛の顧衍に同行していった辛子硯は存在するはずがない血浮屠の急襲を受けたがすぐに駆け付けた太子の軍勢に救われた。本物の血浮屠がなぜここにいるのか…想定していたよりも根深い太子の陰謀に気づいた辛子硯はその夜楚王寧弈の元を訪れた。
* * * * *

「こんな夜中に来るとは、何か起きたのか?」
「……。」
「おれはお前の(妻の)大花じゃないんだから、そんな風に見つめられても困る。(*1)」
「一将功成りて万骨枯る(*2)。私が今思ってたのは、私が殿下を補佐し天子の位に登って一代の明君となっていただくために、どれだけ(多く)の骨を埋めどれだけ(多く)の深窓で待つ人の夢に出て来る人の命を失わなければならないのかと(*3)。これら(寧弈を皇帝にすること)に(多大な犠牲を払うだけの)価値があるのかと…。」
「子硯、お前はずっとおれが明君になるよう補佐しようと思っているようだが、おれは未だかつて(そうは)考えたことはない。おれはただ三兄の冤罪を雪ぎ潔白を証明するのを手伝ってくれればそれで充分なんだ。」
「殿下のおっしゃる通りです。(しかし)この子硯も貴方の三兄と約束したのです。君子の言葉は一諾千金(*4)、私はどうすればいいのか…。」
「何があったんだ?」
「女々しい気持ちになっただけです、今言った事は忘れてください。」
「一体何があったんだ?」
「今しがたの血の雨が降り生臭い風が吹くような戦い、まるで悪夢のような。どうして一人とり残された辛院首が生きて帰って来たのか、これはどうもおかしいと思いませんか?」
「何が起こったんだ?」
「殿下、殿下に申し上げます。たった今宮殿の使者から陛下のお達しが。今すぐ宮殿へお上りください。」
「何事か説明があったか?」
「わたくしが(差し出がましく)お聞きしたところ、太子が血浮屠を殲滅したと。」
*1 直訳:あなたがそのように私を見つめると、私はどうにも耐え難いなぁ。
*2 一人の将軍の成功の裏には実は多くの戦死者の働きがあるという意味の格言。
*3 唐代の詩人・陳陶の「隴西行」を意識した言葉か。
『誓掃匈奴不顧身 五千貂錦喪胡塵 可憐無定河邊骨 猶是春閨夢裏人』
"匈奴を倒すと誓い我が身を顧みず(戦に臨んだ)貂錦を着込んだ五千の兵士は胡の戦塵の中に失われてしまった(死んでしまった)。可哀想な無定河のほとりにある骨はやはり(出征した夫の帰還を待つ)妻の夢の中に出てくる人(=出征した夫)なのだろか。"
*4 君子(立派な人、まっとうな人)は有言実行すべきだ、の意。一諾千金…一度約束したことは千金に値するほどの重みがある、絶対に守らなければならないという意味の熟語。
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このシーン自体はなんてことないただの伏線。
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